コラム

「イスラーム嫌い」再燃を危惧する

2010年09月14日(火)21時57分

 フロリダで福音派の牧師が「コーランを燃やすぞ!」と息巻いた事件は、とりあえず実行が取りやめとなって、ホッと胸をなでおろした。なによりオバマ政権にしてみれば、そんなことをされてイラクやアフガニスタンでまたもや米兵が攻撃のターゲットになってはかなわん、といったところだったろう。

 とりわけ、牧師が実行日に選んだ日は、例の「9-11」である以上に、断食明けの大祭「イード・アル・フィトル」初日だった。イスラーム教徒にとって最も平和と共感意識を高める「断食」という一大イベント、そしてそれが無事終わったことを祝う最大の祭日に、イスラーム教徒にとって最も大切なコーランを燃やされれば、どれだけ激しい憤りが湧き上がることか。ここ数日、ハラハラし通しだった。

 だが、注目を浴びた「焚書」計画は取りやめになったとはいえ、似たような事件は実は各地で起きている。予告当日、テネシー州とミシガン州でコーランが燃やされた事件が伝えられているし、英国では極右グループがロンドンで反イスラームのデモを行い、参加者が笑いながらコーランを燃やす映像をユーチューブで配信した。英国のこのグループ「英国防衛同盟」は近年、英国在住のイスラーム教徒を殺害したりモスクを襲撃して、英国でのイスラーム教に対する犯罪件数が増える原因になっている。

 イスラーム教徒に対する反感、敵意が高まっているのは、英米だけではない。欧州でイスラーム教徒に対する排斥傾向が強まっている。フランスで7月、ブルカ禁止法案が可決されたことが話題を呼んだが、昨年11月にはスイスで、モスクのミナレットの新築が禁止された。

 このようなイスラームの宗教的シンボルや行事を制限しようという流れは、西欧諸国のイスラーム教徒移民に対する態度変化、特に移民排斥を主張する極右政党の台頭を反映したものだ。オランダでは6月の選挙で、右派の自由党が躍進、第三党に踊りでたが、彼らは明白に反イスラームを打ち出している。連立の組み方によっては、与党の一角を占めるかもしれない勢いだ。またあと数日で総選挙を迎えるスウェーデンでも、礼拝や断食などイスラーム教儀礼の禁止を主張する民主党が、始めて国会で議席を得るのでは、と予想されるほど、伸びている。

 西欧での反イスラーム感情は、悪化する経済への不満、不安が移民に向けられていることから来るのだろう。「イスラームは敵」とばかりに対テロ戦争を繰り広げたブッシュ政権が去れば、9-11で表面化した「イスラーム対西欧」といった間違った文明観は消えるはず、と抱かれていた期待は、萎んでしまった。今、庶民レベルの反イスラームが欧米社会で再燃するのをどう収めるかは、ブッシュ時代よりもっと難しいことかもしれない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

ニュース速報

ビジネス

中国当局、銀行に融資圧縮を指示 投資過熱抑制が狙い

ワールド

台湾独立に向けた動きを阻止、平和的関係目指す=中国

ビジネス

米モデルナ製ワクチン、武田薬が日本での製造販売承認

ビジネス

米上院、コロナ対策法案の審議開始 採決は週末に

MAGAZINE

特集:人民元研究

2021年3月 9日号(3/ 2発売)

一足先にデジタル化する「RMB」の実力 中国の通貨は本当に米ドルを駆逐するのか

人気ランキング

  • 1

    台湾産「自由パイナップル」が中国の圧力に勝利、日本も支援

  • 2

    インドはどうやって中国軍の「侵入」を撃退したのか

  • 3

    肉食恐竜が、大型と小型なのはなぜ? 理由が明らかに

  • 4

    地球の上層大気で「宇宙ハリケーン」が初めて観測さ…

  • 5

    韓国でアストラゼネカ製ワクチン接種者2人が死亡 当…

  • 6

    26歳の僕を圧倒した初ジブリ体験、『風の谷のナウシ…

  • 7

    入院中の英フィリップ殿下、「容体は若干改善」=カミラ…

  • 8

    医学的な意味はゼロ? 外国人に対する中国の「肛門PC…

  • 9

    恐竜のお尻の穴(総排出腔)が初めて解明される

  • 10

    日本株投資だけやっている人にとっても、テスラが無…

  • 1

    台湾産「自由パイナップル」が中国の圧力に勝利、日本も支援

  • 2

    バブルは弾けた

  • 3

    がら空きのコロナ予防接種センター、貴重なワクチンは余って山積み──イギリスに負けたEUの失敗

  • 4

    インドはどうやって中国軍の「侵入」を撃退したのか

  • 5

    ミャンマー国軍が「利益に反する」クーデターを起こ…

  • 6

    肉食恐竜が、大型と小型なのはなぜ? 理由が明らかに

  • 7

    リコール不正署名問題──立証された「ネット右翼2%説」

  • 8

    無数の星? いいえ、白い点はすべて超大質量ブラッ…

  • 9

    北極の氷が溶け、海流循環システムが停止するおそれ…

  • 10

    地球の上層大気で「宇宙ハリケーン」が初めて観測さ…

  • 1

    フィット感で人気の「ウレタンマスク」本当のヤバさ ウイルス専門家の徹底検証で新事実

  • 2

    ロシアの工場跡をうろつく青く変色した犬の群れ

  • 3

    屋外トイレに座った女性、「下から」尻を襲われる。犯人はクマ!──アラスカ

  • 4

    新型コロナ感染で「軽症で済む人」「重症化する人」…

  • 5

    韓国メディアが連日報道、米日豪印「クアッド」に英…

  • 6

    台湾産「自由パイナップル」が中国の圧力に勝利、日…

  • 7

    バブルは弾けた

  • 8

    中国はアメリカを抜く経済大国にはなれない

  • 9

    全身が泥で覆われた古代エジプト時代のミイラが初め…

  • 10

    現役医師が断言、日本の「ゆるいコロナ対策」が多くの…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!