コラム

「腸は第2の脳」説に有力な証拠? 「ウンチする・しない」が認知効率に影響を与えていることが明らかに

2025年04月11日(金)14時00分

13人は、①排便なし、②自発的な排便、③排便を促す作用を持つ酸化マグネシウムの摂取後の排便という3通りの状態にそれぞれ置かれ、条件を満たした直後に認知テストを受けるランダム化クロスオーバー試験に参加しました。つまり、研究の対象者を2つ以上のグループにランダムに分け(ランダム化)、それぞれが時期を変えて異なる複数の状態で参加(クロスオーバー)しました。

実験では残留効果を防ぐため、①から③の特定の状態での試験後、次の状態の試験を受けるまでに1 週間のリセット期間を設けました。食事の影響を最小限に抑えるため、参加者は1週間前からサプリメントとアルコールの摂取を控え、試験の直前は10時間絶食しました。テストは午前中に実施され、参加者全員が起床時に排尿し、排便前に一定量の水を摂取しました。

排便していないときよりも好成績

認知機能の評価には、広く一般的に使われている「ストループテスト」を用いました。このテストでは、参加者は単語自体が別の色を表している場合 (たとえば、赤インクで印刷された「青」という単語)でも、印刷された「単語の色(ここでは"赤")」を答えなければなりません。回答時間が短いほど「選択的注意力と認知的柔軟性に優れている」と評価されます。

排便による生理学的変化は、近赤外線分光法 (NIRS) で測定しました。センサーを「実行機能に関連する領域である脳の前頭前野」と、「予備実験で脳並みに糖消費をしていたヘソ下の領域」の両方に付け、ストループテスト中の血流と酸素消費量の変化を調べました。

「間違ったら正しく言い直してから次に進む」というルールでストループテストをした結果、被験者は排便後の方が排便していないときよりも早くテストを完了することができました。平均完了時間は、排便なしの時は約27.1秒でしたが、自発的な排便後は約24.4秒、酸化マグネシウムで誘発した排便後ではさらに短い約23.4秒でした。

「排便ありかなしか」で比較すると、すべての参加者は酸化マグネシウム補給後の排便でテスト結果が向上し、約7割(13人中9人)は自発的な排便時でも排便がないときよりは成績が向上しました。この事実は、直腸を空にするだけで認知能力の向上に寄与し、さらに「便を軟化させて、するりと排便できるようにする」酸化マグネシウムを使うとその効果が高められると言えそうです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米農場の移民労働者、トランプ氏が滞在容認

ビジネス

中国、太陽光発電業界の低価格競争を抑制へ 旧式生産

ワールド

原油先物は横ばい、米雇用統計受け 関税巡り不透明感

ワールド

戦闘機パイロットの死、兵器供与の必要性示す=ウクラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story