コラム

「腸は第2の脳」説に有力な証拠? 「ウンチする・しない」が認知効率に影響を与えていることが明らかに

2025年04月11日(金)14時00分

一方、NIRSによる生理学的測定では、ストループテスト中の前頭前野とヘソ下を比較すると、血液分布は両者でわずかな増加があり、酸素レベルは排便後のヘソ下領域で大きく低下しました。つまり、「あたかも『脳が考えている時』のように、認知課題中に下腹部の酸素消費量が増加した」ことが確認され、下腹部が迅速な認知処理に積極的な役割を果たしている可能性が示唆されました。

論文の責任著者のChia-Hua Kuo氏は「ヘソ下の領域の圧力を軽減すると認知判断が強化されることは、精神的パフォーマンスへの実用的な応用が期待できます。排便は判断作業中にヘソ下の酸素消費量を増加させました。胃腸の活動と認知機能の間に関連があるようです」と語っています。

「腸は第2の脳説」を強力サポートか

近年は「認知機能は脳に集中している」という従来の仮説に疑問を持ち、「直感的な意思決定は腸と結びついているのではないか」と考える研究者もいます。今回の研究結果では、①排便の有無による直腸の活動の変化が認知効率に影響を与える可能性を示唆している、②ストループテストのような迅速な判断が必要な場合は、酸素消費量は脳では顕著でなくヘソ下において顕著だった、ことが確認できました。「腸は第2の脳説」をサポートする有力な証拠の1つになるかもしれません。

研究者らはPET検査で観察された腹部でブドウ糖の取り込みが多かった部分は、中国医学で「丹田」、日本で「(腹に力を込める、という時の)腹」として知られる解剖学的部位と一致していることにも注目し、「この部位の精神的なパフォーマンスに関連した重要性」をさらに研究したいと語っています。

今回の実験に協力した人は、トライアスロンという究極のスポーツの若い競技者というスポーツエリートです。得られた結果が一般人や、とくに認知機能の変化をつぶさに観測したい高齢者にも当てはまるかは未知数です。今後、対象者を広げて研究が進められることが期待されます。

認知機能がより向上した酸化マグネシウムの補給についても、慎重な検討が必要です。酸化マグネシウムは市販の便秘薬の中では「クセになりにくい」とされますが、長期的な使用や腸内細菌叢への影響なども考えていかなければならないでしょう。

もっとも、球技やウィンタースポーツなどと比べると、トライアスロン競技者の状況判断や認知能力に関する研究の成果は、私たちの生活にも応用がしやすそうです。スポーツに限らず勉強や仕事をはかどらせたい時にも、「まず排便をしてから」を習慣づけると効果が上がるかもしれませんね。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英BP、第3四半期の利益が予想を上回る 潤滑油部門

ビジネス

中国人民銀、公開市場で国債買い入れ再開 昨年12月

ワールド

米朝首脳会談、来年3月以降行われる可能性 韓国情報

ワールド

米国民の約半数、巨額の貿易赤字を「緊急事態」と認識
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story