コラム

光の届かない深海で「暗黒酸素」が生成されていた...光合成だけでない「地球の酸素供給源」とそれを脅かす採掘の脅威

2024年08月06日(火)13時10分

研究者たちは微生物の影響を検証するために、毒性の強い塩化水銀をチャンバー内に流し込んでみました。微生物は排除されたと考えられましたが、酸素濃度は同じように上昇し続けました。

次に、研究者たちはポリメタリック・ノジュールに着目しました。この団塊は多様な金属を含んでいるので、放射性元素によって水が分解されて酸素濃度が上がった可能性を検討しました。しかし、団塊の成分分析をすると、多く見積もっても実際の酸素発生量の0.5%未満しか説明できないことが分かりました。

そこでスウィートマン博士は、ポリメタリック・ノジュールをノースウェスタン大で電気化学を専門としているフランツ・ガイガー博士に送り、協力を依頼しました。

ガイガー博士は以前の研究で、鉄さび(酸化鉄)が海水に触れると電気が発生することを発見していました。ポリメタリック・ノジュールに含まれている多種類の金属は酸化された状態なので、海水に触れると電気が発生する可能性があるのか見解を仰ぎたかったのです。この団塊が天然の電池として働くとすれば、水を水素と酸素に電気分解することができるかもしれません。

ガイガー博士は12個のポリメタリック・ノジュールを使って、表面に白金電極を配置して153カ所の電圧を測定しました。その結果、様々な値でしたが最大で0.95ボルトの電圧が観測されました。

newsweekjp_20240806014154.jpg

Camille Bridgewater/Northwestern University

海水の電気分解には約1.5ボルト(乾電池1本分)ほどの電圧が必要です。ポリメタリック・ノジュールは層状に成長し、層ごとに豊富に含まれる金属が異なります。また、この団塊は多孔質であり、電池の役割を果たすのに適切な金属層が露出する可能性があります。それらの電位差によって「電池の直列つなぎ」の状態になることで、1.5ボルトを超えることは十分に考えられます。さらに実験を進めると、団塊の表面積と酸素生成量は相関していることが分かりました。

ポリメタリック・ノジュールが作る地球全体での暗黒酸素量の見積もりなど、今後、調査すべきことは多々ありますが、「私たちは天然の『地球電池(Geobattery)』を発見したようです。クラリオン・クリッパートン地帯にあるポリメタリック・ノジュールの総量だけでも、数十年にわたる世界のエネルギー需要を満たすのに十分でしょう」とガイガー博士は語ります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

カナダ閣僚、メキシコ大統領らと「生産的」な会談 米

ワールド

トランプ氏、イスラエルによるガザ占拠の可能性巡り立

ビジネス

米AMD第2四半期はデータセンター伸び悩み、時間外

ビジネス

米キャタピラー、通期関税コスト最大15億ドルに 下
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 8
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「原子力事…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    永久欠番「51」ユニフォーム姿のファンたちが...「野…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 6
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 10
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 5
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 6
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 7
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 8
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 9
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 10
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story