コラム

光の届かない深海で「暗黒酸素」が生成されていた...光合成だけでない「地球の酸素供給源」とそれを脅かす採掘の脅威

2024年08月06日(火)13時10分

地球電池の発見は、1980年代に深海底採掘された場所が、2010年代になっても細菌すら存在しない「デッドゾーン」になっていることの解明につながるかもしれません。つまり、採掘によって暗黒酸素の生成源が失われたため、酸素不足によって生物がそこに住めなくなってしまった可能性があるということです。

研究チームの仮説が正しければ、今後、深海底採掘でポリメタリック・ノジュールが採り尽くされてしまえば、海洋、特に海底の生物の生存に多大な影響を与えるでしょう。ポリメタリック・ノジュールが豊富な地域の海底動物相の多様性は、陸上で最も多様な熱帯雨林よりも高いと言います。しかも、酸素供給源の団塊は、一度失われれば再生に数百万年かかるのです。

研究者たちは、採掘業界は深海底採掘活動を計画する際に、今回の発見を考慮すべきだと主張しています。さらに調査が進めば、規制機関である国際海底管理局(ISA)を動かすこともできるかもしれません。

宇宙生物学の発展にも貢献か

一方、スウィートマン博士は、今回の結果が生命の起源に関する議論にも一石を投じる可能性があると考えています。

「好気性生物には酸素が必要なので、地球では光合成生物がまず現れて、酸素供給源となったというのがこれまでの定説です。しかし、本研究によって光がまったくない深海でも暗黒酸素が生成されていることが示されました。したがって、好気性の生命体はどこから始まったのか、という疑問を再考する必要があると思います」

惑星科学では長い間、豊富な酸素は光合成を示唆している、つまりその惑星には光合成を行う生命が存在していると考えられてきました。実際に宇宙で生命を探す場合、酸素量を指標とすることが有力視されてきました。

しかし15年、日本の自然科学研究機構を中心とした研究チームが、生命が必ずしもいなくても、酸化チタンの光触媒反応によって酸素を豊富に保持した地球型惑星になりうることを理論的に明らかにしました。

今回の研究で提唱された「暗黒酸素説」は、惑星での非生物的な酸素発生の多様性を示唆するもので、宇宙生物学の発展にも貢献することが期待されます。

今年は日本初の月面着陸成功や、アルテミス計画での日本人の月面着陸決定で、宇宙開発新世紀の幕開けの年とも言えます。けれど、足元の地球も、まだまだ解明すべき謎に満ち溢れているようです。

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

加藤財務相、為替はベセント財務長官との間で協議 先

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

アップル、1─3月業績は予想上回る iPhoneに

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story