コラム

日本が月面着陸に初成功、世界で5カ国目の快挙も「60点」評価のワケ...太陽電池が機能しないことによるミッションへの影響とは?

2024年01月20日(土)17時25分

もっとも、まったく別の場所で作られた小天体が飛来して、たまたま地球の重力に捕まったとする「捕獲説(飛来説、他人説とも呼ばれる)」を主張する研究者もいます。

地球上の物質やアポロ計画で持ち帰られた「月の石」でだけでは、これ以上議論することは難しいため、月の表面で隕石の衝突や風化の影響を受けていない「月のマントル由来の石(カンラン石)」の研究が待ち望まれていました。

 

今回、SLIMにはマルチバンド分光カメラが搭載されており、月の主要鉱物の輝石や斜長石とカンラン石を識別しながら、着陸点周辺の岩石とレゴリス(月表面の土壌)を観測する予定でした。着陸地点は、JAXAの月観測衛星「かぐや」がかつて全球的にカンラン石の分布を調べたデータなどを使い、カンラン石を豊富に含む岩石の観測にも適した場所が選ばれました。

岩石に占めるカンラン石の比率や化学組成(鉄とマグネシウムの比)が分かれば、月のマントルの組成が推定できます。それと地球のマントルを比較したり、巨大衝突のシミュレーションをしたりすれば、月の起源の謎に迫れます。さらに太陽系形成論まで発展できる可能性もあります。

本来、マルチバンド分光カメラは着陸後数日の間、カメラの視野よりも広い月面領域を観測するためのミラーを2軸で回転するための機構、高い空間分解能を確保するためのフォーカス機構、多バンド観測を行うためのバントパスフィルタの切り替え機構などを駆使しながら観測に最適な試料を探し、撮影する予定でした。

しかし、バッテリーが数時間分しか残されていなかったため、電力はSLIM内部に蓄積された着陸データの送信に最優先で使われました。マルチバンド分光カメラの撮影は、たまたま視野に入ったものに限られたり、節電のために回転機能は使わなかったりしたようです。

つまり、月の起源の解明に関するミッションは、当初の予定よりも規模をかなり縮小せざるを得ない見込みです。

3)日本は世界に宇宙開発における技術力を示せたか

日本の宇宙開発事業は、SLIMの打ち上げも担ったH2Aロケットの成功率が97.9%と非常に優秀である一方、近年は小型固体燃料ロケット「イプシロン」6号機の打ち上げ失敗(22年10月)、超小型月探査機「OMOTENASHI」が通信途絶で月着陸を断念(同年11月)、H3ロケット初号機の打ち上げ失敗(23年3月)、民間企業アイスペースの探査機の月面激突(同年4月)、小型固体燃料ロケット「イプシロンS」が開発中の燃焼試験で爆発事故(同年7月)など、技術力への信頼を揺るがす事案が相次いでいます。

アメリカ航空宇宙局(NASA)が主導する有人月探査国際プロジェクト「アルテミス計画」や、2040年には1兆ドル規模になるとされる宇宙ビジネス市場で日本の存在感を高めるには、月面着陸、しかも世界初となるピンポイント着陸の成功は、世界各国に宇宙開発の技術力をアピールする絶好の機会となります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

モディ印首相、中国との「関係改善に尽力」 習主席と

ワールド

インドネシア大統領、訪中取りやめ 首都デモが各地に

ビジネス

中国製造業PMI、8月は5カ月連続縮小 内需さえず

ワールド

ロシア軍参謀総長、前線で攻勢主張 春以降に3500
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマンスも変える「頸部トレーニング」の真実とは?
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「体を動かすと頭が冴える」は気のせいじゃなかった⋯最も脳機能が向上する「週の運動時間」は?
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    就寝中に体の上を這い回る「危険生物」に気付いた女…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    シャーロット王女とルイ王子の「きょうだい愛」の瞬…
  • 9
    映画『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』が世…
  • 10
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 8
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 9
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 10
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story