コラム

ノーベル賞受賞はなくてもスゴかった! 2023年日本人科学者の受賞研究

2023年12月30日(土)17時15分

ところで、クラリベイト引用栄誉賞は、「次のノーベル賞受賞者を探せ!」をコンセプトにした学術賞です。以前はトムソン・ロイター引用栄誉賞と呼ばれていましたが、クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞、クラリベイト引用栄誉賞と名称を変更しながら継続しています。

2002年から23年までの受賞者419名のうち、76名(約18%)がノーベル賞を受賞しています。11年には、該当4分野のノーベル賞受賞者9名すべてが、過去にトムソン・ロイター引用栄誉賞を贈られていたという快挙を遂げました。

日本人では、物理学賞の中村修二氏(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)、生理学・医学賞の山中伸弥氏(京都大教授)、大隅良典氏(東京工業大栄誉教授)、本庶佑氏(京都大学高等研究院特別教授)の計4名のノーベル賞受賞者が、クラリベイト引用栄誉賞(名称変更前を含む)をノーベル賞に先行して受賞しています。

受賞者は、物理学、化学、生理学・医学、経済学の4分野で、①その研究者の論文がどれだけ他の研究者に引用されたか(総被引用数)、②重要な論文をどれくらい書いているか(ハイインパクト論文の数)、などを考慮して選定されます。①によって各分野で総被引用数が上位0.1%の研究者を選び、②によって「その研究者は所属する分野で最も引用された200の論文の数のうち何本書いているか」を調査した後に総合的な判断がされて、毎年20名程度が受賞します。グーグルスカラーによると、柳沢氏は23年12月現在、生涯の論文総被引用数が約11万1000回、過去5年間では約1万9000回です。

実は柳沢氏で最も総被引用数が多い論文は睡眠ではなく、大学院生時代に発見した、血管を収縮させる作用をもつ「エンドセリン」に関する論文です。エンドセリン受容体拮抗薬は、高血圧の治療薬にも応用されています。

柳沢氏は22年に「ブレイクスルー賞」も受賞しています。この賞は、グーグルやフェイスブックの創業者らが設立した財団が毎年、優れた科学者に贈るもので、日本ではノーベル賞を受賞した山中氏や大隅氏が過去に受賞しています。ブレイクスルー賞とクラリベイト引用栄誉賞を立て続けに受賞したことで、柳沢氏も近々ノーベル賞を受賞するのではないかと期待されています。

さて、23年のクラリベイト引用栄誉賞は、柳沢氏のほかにもう一人、日本人が受賞しています。

2.片岡一則

東京大学名誉教授、公益財団法人川崎市産業振興財団副理事長・ナノ医療イノベーションセンター センター長

ナノテクノロジーと医療を結びつける分野の大家です。化学部門で、23年のクラリベイト引用栄誉賞を受賞しました。受賞理由は「革新的な薬剤および遺伝子のターゲティングおよびデリバリー手法の開発への貢献」です。グーグルスカラーによると、片岡氏は23年12月現在、生涯の論文総被引用数が約10万1000回、過去5年間では約3万4000回です。

片岡氏は、「ナノマシン」に薬を詰め込み、体内の狙った組織に届けて取り込ませる技術を開発しました。ナノマシンは、高分子ミセルでできたウイルスサイズ(50ナノメートル程度)の極小のカプセルです。体内で分解されやすい薬剤を包み込み、目的の細胞まで安定的に運ぶ機能を持ちます。親水性と疎水性の高分子がつながったひも状のポリマーを水に入れると、カプセル状に集まる性質を利用して作ります。従来の薬剤カプセルと比べて小型のため体内で異物として認識されにくく、患部に効率的に薬を運べるようになりました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story