コラム

日本の研究グループが世界新の成果 今さら聞けない「超伝導」の基礎と歩み

2022年11月01日(火)11時25分

もっとも、超伝導は「電気抵抗ゼロ」「磁気浮上」などの特性は観察されるものの、なぜそうなるのかは57年にBCS理論が提唱されるまでは解明されませんでした。提唱者のバーディン (Bardeen)、 クーパー (Cooper)、 シュリーファ(Schrieffer) は、この功績で72年にノーベル物理学賞を受賞しました。

理論が解明され、超伝導体にはジョセフソン効果(73年ノーベル物理学賞)などさらなる特性が発見されるものの、超伝導が起きる温度(臨界温度)は70年代までは、発見時のマイナス269℃(水銀)からマイナス250℃(ニオブ・ゲルマニウム合金)までしか更新されませんでした。

超伝導線材で電気を送れば、発電所から家庭や工場までロスがありません。閉じた回路を作れば電流はいつまでも流れ続け、電流を貯蔵することができます。強い磁場を電力消費なしに発生させることもできます。つまり、送電や各種の産業装置の高性能化、省エネが可能となり、良いことずくめです。けれど、マイナス250℃程度に冷やす必要があるならば、超伝導状態を保つためには液体ヘリウムを使う必要があり、多大なコストがかかってしまいます。

日本人研究者による画期的な成果

BCS理論の枠組みでは、金属の超伝導はマイナス233℃程度までが限界と予想される中、80年にはそれまでの常識に反した有機物での超伝導が観測されます。さらに86年には、IBMチューリッヒ研究所(スイス)のヨハネス・ゲオルク・ベドノルツとカール・アレクサンダー・ミュラーによって、従来の物質よりも臨界温度が約60℃も高い、液体窒素の温度(マイナス196℃)を越える「高温超伝導体(銅酸化物)」が発見されました。

空気中に多量にあり安価な窒素を冷却に使えるようになると、超伝導の応用の幅は広がり、実用化が一気に現実的となります。高温超伝導は世界中で熱狂的に迎え入れられ、ベドノルツとミューラーは、発見の翌年である87年にノーベル物理学賞をスピード受賞しました。

超伝導の次の画期的な成果は、日本人研究者によって成し遂げられます。東京工業大・元素戦略MDX研究センターの細野秀雄特命教授が2008年に発見した「鉄系高温超伝導物質」(発見当時はマイナス247℃が臨界温度)です。鉄などの磁石になる物質は、超伝導を起こしにくいという従来の考えを打ち破る発見でした。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インドGDP、7─9月期は前年同期比8.2%増 予

ワールド

今年の台湾GDP、15年ぶりの高成長に AI需要急

ビジネス

伊第3四半期GDP改定値、0.1%増に上方修正 輸

ビジネス

独失業者数、11月は前月比1000人増 予想下回る
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story