コラム

日本の研究グループが世界新の成果 今さら聞けない「超伝導」の基礎と歩み

2022年11月01日(火)11時25分

実は、銅酸化物の超伝導体には細い鋼材に加工することが難しいという課題があり、液体窒素で冷却できる温度になっても実用化はなかなか進みませんでした。鉄系超伝導体は銅系超伝導体と比べて線材に加工がしやすいだけでなく、磁場に強い性質も持っています。現在はリニア中央新幹線への応用も見据えて研究開発が進む一方、この10年間は特に中国で鉄系超伝導物質の大フィーバーが起こり、開発競争が進んでいます。今後は、液体窒素の温度の突破や、発見者の細野教授のノーベル物理学賞受賞が期待されています。

超伝導研究開発のこれから

超伝導物質の開発は、冷却コスト減につながる臨界温度も大切ですが、超伝導が起きた時に電気抵抗ゼロで流すことができる単位断面積当たりの電流の最大値(超伝導臨界電流密度、Jc)も重要です。

今回の成蹊大・東大グループの研究は、銅酸化物(YBa2Cu3Oy)の薄膜線材を創製しました。これまではJcを引き上げるために、①磁束ピン止め点粒子を制御する(非超伝導粒子を高密度で導入する)、②キャリア密度を高めるという工夫が、それぞれ単独になされていたのですが、同グループは①と②を融合して超伝導体をデザインすることで、Jcを飛躍的に上げることができました。

この物質は、液体ヘリウム沸点温度(マイナス269℃)下での世界最高のJcを更新しただけでなく、18テスラの高磁場下でもすべての超伝導材料の中でも最も高いJcを達成したことにも意義があります。今後は特に、磁場がかかった状態で高い超伝導臨界電流が必要な核融合発電(~20テスラ)、医療用MRI装置(~3テスラ)、リニアモーターカー(~1.5テスラ)などで、高性能化・低コスト化・コンパクト化が期待されます。さらに、同グループは鉄系超伝導材料にも銅系を創製する時と同じ工夫を凝らして、世界最高レベルのJcを達成しています。

この先、超伝導の研究開発はどのような方向に進むのでしょうか。究極は、常温常圧での達成であることは間違いありません。

2020年に米ロチェスター大のランガ・ディアス準教授らのグループは、炭素質水素化硫黄が15℃で超伝導状態になることを報告しました。ただし、267ギガパスカル(大気圧の約260万倍)の高圧が必要でした。

室温の超伝導体が常圧で達成できれば、電力が損失しない送電線を使って世界規模で電力をシェアしたり、核融合炉やリニアモーターカーが世界的に普及したりすることが可能だと考えられています。私たちの生活に直結する科学技術で、国際開発競争も話題となっている超伝導研究。今後も成果と実用化に注視しましょう。

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プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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