コラム

NASA、中国、UAE... 2021年が「火星探査ブーム」なワケ

2021年10月19日(火)11時35分

ホープの目的は、主に火星大気の探査です。38億年前の火星は、地球のように海があり、厚い大気があったと考えられています。けれど、今の火星は表面から水は失われ、薄い大気しかありません。

火星には過去に本当に厚い大気があったのか。そうだとしたら、なぜその大気が失われたのかという謎を解明するために、火星の大気のメカニズムや、どのように宇宙空間へ流出したのかを調べるのがホープの目的です。

これまでにも、他の探査機が火星の大気を調べたことはありましたが、ホープは初めて一年を通して火星大気の変化を調べます。ホープによって、38億年前までは似通った進化をしていたとされる地球と火星が、なぜ生命の星と荒涼とした星に別れたのかが解明されることが期待されています。

ロケット燃料節約のチャンス

さて、昨年はほとんどニュースにならなかった火星探査が、なぜ今年になって多く取り上げられているのでしょうか。それは、太陽系では約2年に1回、「地球―火星間・ロケット燃料節約チャンス」が訪れるからです。

地球を出発した探査機は、火星に進む時に太陽の重力に引っ張られて楕円を描くように飛んでいきます。この時、太陽系では、太陽を中心に全ての惑星が同じ方向に公転しているので、地球の公転速度の方向にロケットを飛ばした方が少ない燃料で火星に到達します。また、出発時の地球、太陽、到着時の火星が一直線に並ぶようにして、楕円軌道の中で太陽に最も近い地点に地球、最も遠い地点に火星が来るように飛ばすと、最も効率が良くなります。

そのように地球、太陽、火星が並んだ最近のタイミングが、2020年の7〜8月でした。NASA、中国、UAEの探査機は、全てこのタイミングで打ち上げられました。地球から火星までは、ロケットが順調に進めば半年くらいで到着します。そのため、2021年2月頃から最新鋭の探査機によって新たな画像やデータが地球に届くようになり、火星関連のニュースが多く見られるようになったのです。

火星探査機の打ち上げの次の最適なタイミングは2022年8〜9月、その次は2024年9〜10月と、すでに計算されています。

ここまで読み進めると、「日本は、なぜ火星探査にチャレンジしないのか」と疑問に思うかもしれません。今回のUAEの探査機は、日本のロケットと発射場によって打ち上げられたので、なおさらでしょう。

日本の火星探査は、過去に「のぞみ」を1998年に打ち上げましたが、火星周回軌道に投入できずに終わりました。次は、2024年の打ち上げタイミングに、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が主導する国際共同深宇宙探査計画「火星衛星探査計画(MMX)」が実施される予定です。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送-〔アングル〕日銀、柔軟な政策対応の局面 米関

ビジネス

3月完全失業率は2.5%に悪化、有効求人倍率1.2

ビジネス

トランプ氏一族企業のステーブルコイン、アブダビMG

ワールド

EU、対米貿易関係改善へ500億ユーロの輸入増も─
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story