コラム

日本がずっと放置してきた「宿題」...「文化」が変われば「防犯対策」も変わる

2024年01月12日(金)11時10分

日本の「文化」に洗脳された筆者も、ずっとこのことに気づかなかった。気づかせてくれたのは、Polimill株式会社が提供するSNS「Surfvote」。それは、さまざまな課題(イシュー)に対し、自分の考えに基づいて投票し、自分の意見を述べ、他人の意見を傾聴する仕掛けだ。その目的は、「分断や対立や極化を助長するSNSではなく、異なる意見のなかから共通する価値観を見つけて合意が形成される」ことだという。

筆者も、この課題(イシュー)を提出するメンバーになっているが、これがなかなか難しい。何が難しいかというと、課題を考えることではなく、賛成理由と反対理由を考え出すこと。Polimillから、「中立的に書くように」「誘導しないように」と指示されているからだ。

もちろん、これは当然のことで、社会学で調査法を学ぶときの基礎でもある。それは、キャリーオーバー効果(バイアス効果)と呼ばれている。例えば、「日本の1人当たりGDPがG7で最下位になったと報じられましたが、今の経済政策は妥当だと思いますか」と聞くのと、「今の経済政策は妥当だと思いますか」と聞くのとでは、回答が大きく異なってくる。

こうしたキャリーオーバー効果を排除するため、課題(イシュー)について、賛成理由と反対理由を三つずつ考え出すのだが、これが大変なのだ。筆者自身の意見を述べる方が、よほど簡単である。例えば、「住民による防犯パトロールを普及すべきか」という課題に対し、賛成の理由を三つ、反対の理由を三つ、あなたはすぐに思いつきますか。

ほとんどの人は、そういう経験をしていないはずだ。経験しているのは、エビデンス(証拠)を集め、出典を示し、自分の考えを補強すること。裁判において、検察官と弁護人が論証するのと同じ思考法だ。

「アウトプット中毒」の原因とは

本来、ディベートでは、参加者が、賛成側と反対側のどちらに入るかをランダムで決める。要するに、自分の意見など、どうでもいいのだ。自分の「ものさし」を捨てることこそ、ディベートの目的なのである。今の日本で、もてはやされている「論破」とは真逆の発想だ。「論破」は、自分の「ものさし」を相手に持たせようとするもの。しかし、それは「画一性」と同義である。「多様性」は、一人一人の「ものさし」は違うことを認めることだ。

ニュースの見出しを見ただけで、内容をじっくり読まずにコメントしたくなる「アウトプット中毒」が広まっているが、これも「画一性」の文化に侵されているから起こることだ。自分の「ものさし」を、押し付けようとしているのである。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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