コラム

ロンドン市長選で「トランプ流」はなぜ、受けなかったのか

2016年05月11日(水)16時17分

カーン(左)の勝利演説に耳を傾けるゴールドスミス(5月7日) Toby Melville-REUTERS

 英国では今、雑草でも奇跡は起こせるという眩しい光と、社会を2つに分断しようという暗雲が交錯している。光とは、日本代表FW岡崎慎司選手が所属するレスター・シティが5001分の1というハンディをものともせず、サッカーのイングランド・プレミアリーグで初優勝を果たしたことだ。

 英国が「暗黒の水曜日」と呼ばれるポンド危機に見舞われた1992年に発足したイングランド・プレミアリーグは、あらゆる規制を取り払い、世界中の才能とマネーを集めた。レスターのオーナーはタイの免税店「キング・パワー」を経営するヴィチャイ・スリヴァッダナプラバ氏。監督はイタリア人のクラウディオ・ラニエリ氏だ。

 岡崎選手以外に主力選手のMFマフレズ(アルジェリア)、MFカンテ(フランス)、GKシュマイケル(デンマーク)など外国人選手は登録選手の3分の2。レスターという地域は2011年の国勢調査で人口32万9千人のうち白人の英国人が占める割合は45%。全国平均の80%に比べ、かなり多文化・多民族化が進む。

 20年余り前、イングランド出身選手がピッチに立つ時間はプレミア全体の69%。それが2013/14年シーズンには32.36%にまで減った。肝心のイングランド出身選手がプレミアでプレーできなくなったことが代表チームの弱体化につながっているとして、イングランドサッカー協会(FA)は45%に引き上げると宣言した。

サッカーとロンドン市長選

 優勝がかかったマンチェスター・ユナイテッド戦を地元レスターのパブで観戦したが、肌の色や宗教、言語、出身国の違いなんて誰も気にしない。レスターは時代が変わっても「132年の歴史を誇るオラがチーム」なのだ。クラブを中心とした小宇宙がそこにはある。「超二流」ぞろいのレスター・イレブンは団結して、縦横無尽にピッチを駆け巡った。

 金に糸目をつけず超一流スターをそろえるビッグクラブからは感じられないひたむきさと情熱に英国中が感動した。違いが緊張をもたらし、それを乗り越えることによって飛躍が生まれる。限界と倦怠を漂わせ始めたグローバリゼーションの新たな可能性をレスターは示したと言っても決して大げさではない。

 これに対して、胸糞が悪くなったのがロンドン市長(任期4年)選で労働党サディク・カーン氏(45)に大差で敗れた保守党ザック・ゴールドスミス氏(41)がとった選挙戦術だ。20代まで公営住宅の2段ベッドで寝起きしていたカーン氏はパキスタン系移民で、父親はバス運転手だった。弁護士時代のイスラム過激派との接点がロンドン市長選でやり玉に挙げられた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米「MSNBC」が「MS NOW」へ、コムキャスト

ビジネス

米8月住宅建設業者指数32に低下、22年12月以来

ワールド

ハマス、60日間の一時停戦案を承認 人質・囚人交換

ワールド

イスラエル、豪外交官のビザ取り消し パレスチナ国家
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する現実とMetaのルカンらが示す6つの原則【note限定公開記事】
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 6
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 7
    アラスカ首脳会談は「国辱」、トランプはまたプーチ…
  • 8
    「これからはインドだ!」は本当か?日本企業が知っ…
  • 9
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story