コラム

日本は「今の」韓国をモデルにすべきでない

2011年09月06日(火)14時04分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔8月31日号掲載〕

 日本の官僚や産業界の人と話をしていると、彼らの一部に韓国を経済分野における成功モデルにしようとする意識が働いていることに気付く。いわゆる「ルック・コリア」と呼ばれる風潮だ。

 サムスンや現代、LGといった企業の躍進や、世界各国との自由貿易協定(FTA)締結、教育改革などによるグローバル化の推進が、日本にそうした意識をもたらしているのかもしれない。また平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック誘致の成功や、欧米でもブームを起こしつつあるK─POPなどによって、停滞気味の日本の目に韓国が若くて元気で健康な国に映っているのだろう。

 だが現在の韓国は、本当に日本のモデルになり得るのか。隣の芝は青く見えるもの。僕が思うに、少し韓国を買いかぶり過ぎだろう。

 実際のところ「超圧縮成長」を遂げてきた韓国経済は、その裏で国内に大きなひずみを生み出した。超大企業中心主義、超輸出依存体制、土建と土地バブルに象徴される極めて不健全な経済構造......。大企業躍進の陰では、5割を超える人が非正規雇用に転落している。国家と市民が企業と資本に主導権を奪われた、究極の企業社会・格差社会が「サムスン共和国」とも称される今の韓国なのだ。

 さらに深刻なのは、未来を担うべき若者たちが病んでいること。バラク・オバマ米大統領も称賛する韓国の教育システムだが、小学校からの英語教育義務化により、就学前から月100万ウォン(約7万円)もする英語幼稚園に通い、勉強のし過ぎで視力が極端に落ちる幼児や、ストレスで鬱になったり犯罪に手を染めたり自殺する子供も増えている。親にも月100万~200万ウォンもの教育費がのしかかる(韓国の平均月収は約272万ウォン)。

 それでも勝ち組への門はあまりに狭い。ソウル、高麗、延世のいわゆる「SKY大学」に行けなければ、二流三流の人生が待っている。ソウル大学を目指して何度も受験したが失敗し、あえて大学の近くで首をつるという事件も起きるほどだ。

■この長い競争にゴールはない

 厳しい受験戦争を勝ち抜いても、今度は「青年失業」が待っている。09年の大卒者のうち、非正規雇用を含めて就職できたのは約60%。学生は学問に打ち込むどころか、資格試験や留学準備など自身のスペックを高めることに余念がない。

 李明博(イ・ミョンバク)大統領の母校・高麗大学でも、ある学生が「今日、私は大学を辞める。いや、拒否する」と題した文章を掲げ、キャンパスで1人デモを行う出来事があった。その文章には、こう書かれていた。

「私は25年間、競走馬のように長いトラックを疾走してきた。無数の友達を追い抜き、転倒させたことを喜び、前を走る友達に不安と焦りを覚えながら。だが、ようやく気が付いた。私が走っているのはゴールのないトラックだと」「大学には真の学びも問いもなく、友情もロマンも子弟間の信頼も見いだせない」

 先進国に憧れてOECD(経済協力開発機構)に加盟した韓国は、今やOECD加盟国の中で貧困率、産業災害、自殺率、離婚率の高さ、そして出生率の低さの5項目でトップクラスになった。貧しくとも義理人情と仁徳を重んじ、何より生命を尊ぶかつての韓国人の面影はない。カフェや居酒屋で聞こえてくるのも、財テクや子供の教育の話題ばかりだ。

 だが忘れてはならないのは、これはかつて韓国が日本をある面でモデルとし、追い付け追い越せで疾走してきた結果でもあることだ。また国内には、こうした矛盾を克服しようとする機運もある。

 日本はそれでも「韓国に学び」、より速くトラックを駆ける競走馬を調教するのか、それとも日韓の無為なサバイバルレースを改め、人間的な新しい社会システムをつくるために協力するのか。3・11を経験した日本だからこそ、韓国にアドバイスできるのではないか。それが日韓の真の友情にもつながるはずだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウ大統領府長官の辞任、深刻な政治危機を反映=クレム

ワールド

トランプ氏、ベネズエラ大統領と電話会談 米での会談

ワールド

ネクスペリアに離脱の動きと非難、中国の親会社 供給

ビジネス

米国株式市場=5営業日続伸、感謝祭明けで薄商い イ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 5
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 6
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story