コラム

「iPad3」の正体とアップルの危うさ

2012年03月06日(火)12時38分

 iPadの新しいモデルが3月7日に発表されるという。

 最新のうわさによると、その名前は「iPad3」ではなくて、「iPad HD」。ハイデフィニション(高画質)のHDだ。何でも、2048×768の超高解像度のスクリーンを搭載しているらしく、今でもクリアーなスクリーンの、さらにその上がまだあったのかという驚きを与える予定だという。

 だがそれより驚くのは、アップルはとうとうiPadまで毎年のように新モデルを発売することになってしまったということだ。iPhoneでは、ほぼ1年に1回のスピードで新モデルを発売してきた。ファンがひと休みする暇もないほど、矢継ぎ早に刺激を与えてきたという感じだ。旧モデルの売り上げが何となく横ばい、あるいは下降気味になったタイミングですかさず次のモデルを出すのは、市場にカンフル剤を打ち続けるようなものだ。この手で、昨年10~12月期だけで3700万台のiPhoneを売りまくったのだ。

 だがここへ来てiPadも同じ道を辿るのを見ながら、一抹の不安を感じずにはいられない。それは、アップルが自ら作り出したリズムによって、自己破壊してしまわないかという不安である。

 不安の一つは、ファンの存在だ。アップル・ファンは言うまでもなく献身的なアップル・ユーザーで、大のお得意様。だが、一方で常に「すごい新製品」が出るのを当たり前のように待っている、ちょっとやっかいな人々でもある。一度でも彼らを満足させることができなかったら、アップルへの信頼は急速に冷めるだろう。

 ただでさえ、今はガジェット・ファティーグ(ガジェット疲れ)がちまたで語られている。メーカーが次々と出す新製品を買ってきたけれど、一体そんな必要があったのか、もうクタクタだ、という気分が蔓延しつつあるのだ。「去年の製品はもう時代遅れです」といった、企業マーケティングにまんまと載せられていたことに気づいて、我に返る。そんなエピソードをよく聞く。ことにアップルの場合は、ファンの上に「大」がつくのだが、いったん彼らの魔法が切れたらどうなるのかと、他人事ながら心配だ。

 それに、アップルがパソコンを離れて、iPhoneやiPadのようなモバイル・メーカーへと単純化されていく、その行く末もよく見えない。パソコンは全体的に、スマートフォン、タブレットコンピュータへの熱狂によって押され気味になっているのだが、それがもっとも顕著に出ているのがアップル自身。現在同社の売り上げの80%近くが、iPhone、iPad、iPodで占められている。もはやアップルはパソコン・メーカーではないのだ。だがもともと製品数が多くないだけに、モバイルへの依存に大きく傾くことに何か危険はないのか。パソコンとモバイルでは、ソフトウエアもインターネットのサービスも異なるし、組織上でも変化が必要なはずだ。

 競合の動きも激化している。アマゾンやグーグルのアンドロイド陣営がそれで、彼らは、アップルとは異なったビジネス・モデルで同じ市場を攻めようとしている。

 たとえば、インターネットの商人に徹するアマゾンは、キンドル・ファイアという端末を激安にして、映画や書籍、音楽のコンテンツ、そしてショッピングなどのサービスで攻め続ける。

 アマゾンの狙いは、端末をコモディティー化してしまうこと。そこに載せるサービスによって大きく差をつけようというわけだ。すでに、無料の映画ストリーミングやクラウド・サービスなど、あれこれの売り込みをかけている。

 グーグルやアンドロイド陣営は、早くからクラウドを中心にして、複数の機器でスムーズにコンテンツのストリーミングや同期化ができることを売りにしてきた。何と言っても、クラウドの利用が無料だ。

 それに比べてアップルは、機器がどんどん洗練されていくものの、サービスではいちいち金もかかり、クラウドには不備がある。アップルはアマゾンに対抗して、小型タブレットを計画中ともされるが、価格競争に引きずりこまれず、それでいて価格のプレミアム分をユーザーにどう納得してもらうのかは、大きな課題だ。

 帝国は、自らを帝国たらしめたと同じ強みによって滅びる、と言われる。カンフル剤を打ち続けるアップルを見てふと感じた不安が、杞憂に終わればいいのだが。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

ニュース速報

ビジネス

18年度のPB中間目標は達成困難、見直し含め検討へ

ワールド

製薬大手各社が3年間で5000万ドル投資、貧困国の

ワールド

オバマケア、共和党員の25%が撤回反対=ロイター/

ビジネス

為替の安定重要、緊張感もって見守る=トランプ氏発言

MAGAZINE

特集:トランプ・ワールドの希望なき幕開け

2017-1・24号(1/17発売)

ドナルド・トランプがついに米大統領就任へ──。「異次元の政治家」にできること、できないこと

人気ランキング

  • 1

    南シナ海の人工島封鎖で米中衝突が現実に?

  • 2

    トランプ大統領就任式ボイコット続出、仕掛け人のジョン・ルイスって誰?

  • 3

    ベーシックインカム、フィンランドが試験導入。国家レベルで初

  • 4

    太陽光発電の発電コストが石炭火力発電以下に。ソー…

  • 5

    トランプごときの指示は受けない──EU首脳が誇り高く…

  • 6

    北朝鮮が国家ぐるみで保険金詐欺、毎年数十億円を稼ぐ

  • 7

    英メイ首相、EUの単一市場と関税同盟からの撤退表明へ

  • 8

    トルコ航空貨物機、キルギスで墜落 少なくとも20人…

  • 9

    『ローグ・ワン』全米興業で首位、中国の若者にはウ…

  • 10

    ナイジェリアを「金で買った」中国――「一つの中国」…

  • 1

    オバマ米大統領の退任演説は「異例」だった

  • 2

    トランプ当選初会見でメディアを批判 ツイッターなどSNS大炎上

  • 3

    韓国ユン外交部長官「釜山の少女像は望ましくない」

  • 4

    「南シナ海の人工島封鎖なら、米国は戦争覚悟すべき…

  • 5

    オバマ、バイデン副大統領に最後のサプライズで勲章…

  • 6

    トランプの娘婿クシュナーが大統領上級顧問になる悪夢

  • 7

    南シナ海の人工島封鎖で米中衝突が現実に?

  • 8

    ロシアのサイバー攻撃をようやく認めたトランプ

  • 9

    ダライ・ラマ制裁に苦しむ、モンゴルが切るインドカ…

  • 10

    北朝鮮が国家ぐるみで保険金詐欺、毎年数十億円を稼ぐ

  • 1

    オバマ米大統領の退任演説は「異例」だった

  • 2

    キャリー・フィッシャー死去、でも「2017年にまた会える」

  • 3

    「知能が遺伝する」という事実に、私たちはどう向き合うべきか?

  • 4

    トルコのロシア大使が射殺される。犯人は「アレッポ…

  • 5

    トランプ当選初会見でメディアを批判 ツイッターな…

  • 6

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 7

    日本の制裁措置に韓国反発 企画財政省「スワップ協…

  • 8

    韓国ユン外交部長官「釜山の少女像は望ましくない」

  • 9

    安倍首相の真珠湾訪問を中国が非難――「南京が先だろ…

  • 10

    独身男性の「結婚相手は普通の子がいい」は大きな間…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本の観光がこれで変わる?
リクルート
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 臨時増刊

世界がわかる国際情勢入門

絶賛発売中!