コラム

財政赤字の「ネズミ講」はいつまで続けられるか

2014年11月19日(水)16時56分

 安倍首相は18日夜に記者会見し、消費税の増税を先送りして衆議院を解散することを表明した。彼は財政健全化目標については「来年夏までに達成に向けた具体的案計画を策定いたします」というだけで目標を示さなかったが、彼のブレーンである浜田宏一氏(内閣官房参与)は、ロイターのインタビューに次のように答えている。

[政府債務は]実現可能なネズミ講システムだ。普通のネズミ講はどこかで終わって破綻するが、どこの政府でも次の納税者は必ずあらわれる。政府が自転車操業でお金を借りまくることはいいことではないが、政府と民間を合わせれば、消費税を先送りしても信頼が崩れることはない。

「ネズミ講」は原文ではPonzi schemeとなっており、バーナード・マドフなどの行なった出資金詐欺をさす。これは出資者に高い運用利回りを約束するが、実際には運用益は上がっておらず、新しい出資者の資金を利益として分配し、その元本を食いつぶす犯罪である。政府関係者が「詐欺をやっている」と認めるのは珍しい。

 ここで既存の出資者を現在の年金受給者、新しい出資者を将来の納税者に置き換えると、このしくみは納税者が無限に増えれば維持できる。国債を返済しないで借り換え、その金利負担を将来の納税者に先送りすればいい。つまり浜田氏は「自転車操業」を永遠に続ければ、財政健全化は必要ないと言っているのだ。

 政府債務が膨張しても、日銀がその国債を買えば金利上昇は防げる。極端な話、日銀が国債を100%買い占めれば、税金は必要なくなる。これが「バーナンキの背理法」と呼ばれるもので、論理的には正しい。もしそれが可能なら、中央銀行が財政を維持する「無税国家」が可能になる。

 もちろん、そんなことはありえない。国債の残高が増えると金利負担が増え、インフレになる。どこかで納税者が負担に耐えられなくなると、ネズミ講は終わる。終わったとき清算すると、年金生活者などに分配してしまった金は返ってこないので、財政には大きな穴があく。問題は、このネズミ講がどこで終わるかである。

 日本の政府債務は1038兆円だが、これをすべて返済する必要はない。政府債務が一定の水準で安定すれば、金利が大きく上がらない限り借り換えることができる。その基準をプライマリーバランス(基礎的財政収支=PB)と呼び、これを黒字にする目標が中期財政計画の財政健全化目標だ。

 今の目標では2020年にPBを黒字にすることになっているが、これは名目成長率3.3%という非常に高い成長を想定しても実現しない(過去20年の平均は約1%)。今年はマイナス成長とみられているので、消費税8%ではPBの赤字は増え、政府債務は発散する。それはいつごろまで維持できるだろうか。

 歴史上、GDP(国内総生産)の2倍を超える政府債務を(政権が倒れないで)返済したのは、イギリスだけである。特に第2次大戦でGDPの2.5倍の借金を抱え、これを0.5倍まで減らすのに30年以上かかった。

イギリスの政府債務のGDP比(青)と金利(赤)出所:イングランド銀行

イギリスの政府債務のGDP比(青)と金利(赤)出所:イングランド銀行

 これは金利を規制で低く抑えるするととともに通貨を大量に供給し、人為的インフレでマイナス金利にする金融抑圧のおかげだ。このため1970年代には、図のように国債の金利は15%を超え、20%を超えるインフレが起こって、イギリスはヨーロッパの最貧国になった。

 いま日銀のやっているのも、ゼロ金利のもとでマネタリーベース(資金残高)を膨張させ、実質金利をマイナスにする金融抑圧である。このように国債を引き受けて財政を支える財政ファイナンスは中央銀行のタブーだが、別に違法ではない。「これは財政ファイナンスです」と宣言して行なわれることもない。

 このまま日銀が国債を買い続けると、来年はマネタリーベースがGDPの70%を超え、2030年にはGDPの4倍になる。そこまでに必ずインフレが起こり、円が暴落して金利が上昇するだろう。これによって日銀も金融機関も多額の評価損を抱えるが、これも最終的には税金で穴埋めされる。

 ただ日本国債は90%以上を国内の金融機関が保有しているので、円安でも対外債務が膨張せず、コントロールしやすい。日銀は金融抑圧のシミュレーションもしており、消費税を10%に上げれば徐々に国債を売って退却できると計算していたのだろう。ところが安倍首相は、その増税を先送りしてしまった。

 黒田総裁は19日の記者会見で「財政規律が失われると、財政の重要な機能である公共サービスの提供、所得の再分配、景気調整機能、すべてについてさまざまな問題が生じうる。財政規律はきわめて重要。それを守っていかれることを強く期待する」と懸念を表明した。政府と日銀の歯車が狂い始めた今、ネズミ講の終わりは意外に近いかも知れない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、ベネズエラ安定化・復興へ3段階計画 国務長官が

ワールド

EU、グリーンランド支持 国際法違反容認せず=コス

ワールド

トランプ氏、グリーンランド購入巡り活発な協議 NA

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏との会談を希望 「安全の
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 5
    マドゥロ拘束作戦で暗躍した偵察機「RQ-170」...米空…
  • 6
    日本も他人事じゃない? デジタル先進国デンマークが…
  • 7
    公開されたエプスタイン疑惑の写真に「元大統領」が…
  • 8
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 9
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び…
  • 10
    衛星画像で見る「消し炭」の軍事施設...ベネズエラで…
  • 1
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 10
    感じのいい人が「寒いですね」にチョイ足ししている…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story