コラム

なぜ中国はいま韓国に急接近し始めたのか

2014年07月09日(水)17時01分

 中国の習近平国家主席が、7月3日から韓国を訪問した。中国の国家主席が北朝鮮より先に韓国を訪問したのはこれが初めてで、中韓の接近が話題になった。しかし韓国の朴槿恵大統領との共同声明では、日本との「歴史問題」は言及されず、意外に抑制された内容になった。

 中国は安重根(伊藤博文を暗殺したテロリスト)の記念館をハルビン駅につくり、来年の「抗日戦争勝利70周年」の記念行事に参加するよう韓国に求めている(当時の朝鮮は中国を侵略した日本の領土だったが)。韓国ではこういう「反日同盟」に同調する動きと、中国を警戒して米韓関係に配慮する動きがあるようだ。

 たとえば韓国の代表的な全国紙である中央日報は「日本に高強度警告メッセージ送った韓中首脳」と題して韓国政府の日本の集団的自衛権に対する批判を伝える一方で、「米国は韓国が中国側に急速に傾くのではという疑いを抱く可能性がある」という懸念も表明している。この妥協の結果、共同声明の慎重なトーンになったのだろう。

 日本からみると、日米などの同盟国との関係と、朝鮮戦争で北朝鮮と一緒に数十万人の韓国人を殺した中国との関係のどちらを重視するかは、自明のように思えるが、韓国にとってはそうではない。韓国は、その歴史の大部分で中国の冊封国と呼ばれる属国だった。これは名目的には独立を認められていたが、中国を中心とする「華夷秩序」の辺境という扱いだった。

 中国人や韓国人は日本人と顔はよく似ているが、白人より異質な民族である。中国は異民族の侵略から国家を守るために皇帝に権力を集中し、少数の高級官僚が圧倒的多数の国民を支配する体制である。中国の制度をコピーした李氏朝鮮は、その「支店」のようなもので、儒教の原則をそのまま制度化して中国より厳格な官僚制度をつくり、両班と呼ばれる身分差別を固定した。

 中国と朝鮮に共通するのは、民衆を徹底的に無知な状態に置く愚民政治である。競争率3000倍ともいわれた科挙の試験を勝ち抜いた秀才だけが高度な学問を行なうと同時に政治を行なう一方、民衆の90%以上は字も読めなかった。このようなエリートの情報独占が国家を安定させる一方で、経済を停滞させたのだ。

 これに対して日本では、天皇という名目的な君主のもとで古代から一種の民主政治が続いてきた。平和の中で情報は分権化され、民衆の知的水準は高まった。江戸時代の識字率は、百姓でも50%を超えたといわれる。日本が非西洋圏で唯一、自力で近代化をなしとげたのは、このように人々が共有した知識によるものだ。

 中国がこの時期に韓国への接近を試みる背景には、北朝鮮の政権崩壊が近いという情勢認識があるとみられている。朝鮮半島は「東アジアのバルカン半島」と呼ばれ、19世紀からずっと国際紛争の焦点になってきた。金正恩政権が崩壊すると、中国は北朝鮮を支配下に収めようとするだろう。

 19世紀まで中国の属国だった朝鮮半島を、中国がふたたび傘下に入れようとするのはごく自然である。このとき、韓国を味方につけることが不可欠だ。エリートに権力も知識も集中する中韓は、日韓よりはるかに親和性が高い。経済的にも、中韓の貿易は日韓や米韓より多く、韓国の中国依存は強まっている。

 しかし韓国には、中国に対する警戒感も強い。韓国に住んでいた人によると、韓国人は日本に対しては韓国政府が騒ぐほど悪い感情はもっていないが、中国に対しては恐怖を抱いているという。日本が朝鮮を侵略したのは任那日本府と豊臣秀吉の2回しかないが、中国は王朝が代わるたびに朝鮮を侵略し、ときには中国の領土にした。中国の属国になったら、社会主義にされるかもしれない。

 それに対して米軍が介入すると、軍事衝突が起こる可能性もある。このとき韓国内の基地は北朝鮮からの攻撃に弱いので、日本国内の米軍基地が重要な役割を果たす。場合によっては、自衛隊も後方支援する必要がある。集団的自衛権の最大のねらいは、こうした朝鮮半島の有事にそなえることだ。

 いまだに「アメリカの戦争に巻き込まれるのはいやだ」といって集団的自衛権に反対する人々がいるが、これは逆である。日本が米韓と一体になって抑止力を強めないと、朝鮮半島で力のバランスが崩れたとき、中国が軍事的冒険主義に出るリスクがある。それを防ぐために、集団的自衛権が必要なのだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

ニュース速報

ワールド

バイデン氏支持率41%、債務問題解決でも横ばい=世

ビジネス

中国不動産市場、支援策の奏功には時間が必要=政府系

ビジネス

トルコリラ急落、介入から変動容認の当局方針変化を示

ビジネス

英スナク政権、総選挙前の減税余地ほとんどない OE

MAGAZINE

特集:最新予測 米大統領選

2023年6月13日号(6/ 6発売)

トランプ、デサンティス、ペンス......名乗りを上げる共和党候補。超高齢の現職バイデンは2024年に勝てるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    「中で何かが動いてる」と母 耳の穴からまさかの生き物が這い出てくる瞬間

  • 2

    性行為の欧州選手権が開催決定...ライブ配信も予定...ネット震撼

  • 3

    ワグネルは撤収と見せかけてクーデーターの機会を狙っている──元ロシア軍情報部門将校 

  • 4

    自社株買いでストップ高!「日本株」の評価が変わり…

  • 5

    元米駆逐艦長が「心臓が止まるかと」思ったほど危機…

  • 6

    メーガン妃が「絶対に誰にも見られたくなかった写真…

  • 7

    「ダライ・ラマは小児性愛者」 中国が流した「偽情報…

  • 8

    プーチンは体の病気ではなく心の病気?──元警護官が…

  • 9

    マーサ・スチュワート、水着姿で表紙を飾ったことを…

  • 10

    ワグネルに代わってカディロフツィがロシアの主力に…

  • 1

    ロシアの「竜の歯」、ウクライナ「反転攻勢」を阻止できず...チャレンジャー2戦車があっさり突破する映像を公開

  • 2

    「中で何かが動いてる」と母 耳の穴からまさかの生き物が這い出てくる瞬間

  • 3

    「日本ネット企業の雄」だった楽天は、なぜここまで追い込まれた? 迫る「決断の日」

  • 4

    米軍、日本企業にTNT火薬の調達を打診 ウクライナ向…

  • 5

    「ダライ・ラマは小児性愛者」 中国が流した「偽情報…

  • 6

    敗訴ヘンリー王子、巨額「裁判費用」の悪夢...最大20…

  • 7

    【ヨルダン王室】世界がうっとり、ラジワ皇太子妃の…

  • 8

    【画像・閲覧注意】ワニ40匹に襲われた男、噛みちぎ…

  • 9

    どんぶりを余裕で覆う14本足の巨大甲殻類、台北のラ…

  • 10

    ウクライナ側からの越境攻撃を撃退「装甲車4台破壊、戦…

  • 1

    【画像・閲覧注意】ワニ40匹に襲われた男、噛みちぎられて死亡...血まみれの現場

  • 2

    世界がくぎづけとなった、アン王女の麗人ぶり

  • 3

    カミラ妃の王冠から特大ダイヤが外されたことに、「触れてほしくない」理由とは?

  • 4

    「ぼったくり」「家族を連れていけない」わずか1年半…

  • 5

    F-16がロシアをビビらせる2つの理由──元英空軍司令官

  • 6

    築130年の住宅に引っ越したTikToker夫婦、3つの「隠…

  • 7

    歩きやすさ重視? カンヌ映画祭出席の米人気女優、…

  • 8

    「飼い主が許せない」「撮影せずに助けるべき...」巨…

  • 9

    預け荷物からヘビ22匹と1匹の...旅客、到着先の空港…

  • 10

    キャサリン妃が戴冠式で義理の母に捧げた「ささやか…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story