コラム

地球環境への最悪の脅威は中国の石炭

2013年08月20日(火)17時58分

 最近、中国に行った人がみんな驚くのが、その大気汚染の悪化だ。もともと北京も上海も昼間からどんより曇った感じだったが、今年はひどいときは交差点の向こう側の信号が見えないぐらいだという。特に問題になったのはPM2.5と呼ばれる浮遊微粒子で、中国の大気中濃度は900ppmと、WHO(世界保健機構)の基準の40倍である。

 PM2.5の最大の排出源は、石炭である。中国の石炭は露天掘りで掘れるためコストが安く、今や中国が世界の石炭の30%を生産し、世界の50%を消費している。中でも石炭火力発電所は200基以上あり、毎週1基以上が建設されている。

 WHOによれば、喫煙なども含む大気汚染の死者は世界で年間320万人に上るが、中でも最大の汚染源は石炭であり、その死亡率は(エネルギー量あたり)少なくとも原子力の500倍は大きい。特に中国の大気汚染は世界最悪であり、地球全体の脅威だと強く警告している。

 1950から80年まで、中国政府は華北の住民に暖房用石炭を無償で提供していたが、この暖房利用者の健康調査をアメリカの調査班が行なったところ、住民の平均寿命は5.52歳短かった。 この暖房が行なわれた地域の総人口は約5億人なので、25億年以上の寿命が石炭によって失われたわけだ。

 炭鉱事故の犠牲者も多く、世界の炭鉱事故の死者の80%を中国が占める。中国政府の発表でも死者は年間6000人にのぼるが、専門家の推定では2万人を超えるとみられている。その原因は安全対策が不十分なことで、中国の炭鉱の100万トン当たりの死亡率は3人と、アメリカの100倍である。

 地球温暖化にとっても、石炭は最悪だ。中国は世界のCO2(二酸化炭素)の30%を排出しており、その量はアメリカの2倍を上回る90億トンである。これは1990年の20億トンの5倍近くに増えており、そのペースは衰えない。このままでは、世界各国が環境対策で減らしている温室効果ガスを中国だけで上回ってしまう。

 環境政策を重視するアメリカのオバマ政権は、火力発電所にCO2の排出基準を設け、全米の発電量の40%以上を占める石炭火力を削減する方針を明らかにした。これとともに国際的な温室効果ガスの削減に力を入れ、今年11月に行なわれるCOP19(気候変動枠組条約会議)では、中国の石炭使用量の削減を求めるといわれている。

 中国政府は「今まで世界を汚染してきたのは欧米諸国だ」と、こうした批判に反発しているが、国民からインターネットなどで強い抗議の声が上がり、北京や上海からオフィスを撤去する海外企業が増えたため、環境対策を真剣に検討し始めた。ただ多くの石炭火力発電所は地方政府や国有企業が経営しているため、規制は甘くなりがちで、今のところほとんど見るべき効果は上がっていない。

 このように世界の環境問題の焦点は石炭に移っており、原子力はむしろそれを解決する技術として期待されている。中国政府は「第3世代」と呼ばれる安全性の高い原発を270基輸入する計画であり、高い原子力技術をもつ日本にとってはチャンスである。

 当コラムで前にも紹介した「シェール革命」で、エネルギーの世界地図は大きく描き換えられている。アメリカがエネルギー自給国になり、コスト面では化石燃料が有利になる一方、その環境への影響が問題になっているのだ。その解決策が原子力であり、「脱原発」などというのは周回遅れである。

 化石燃料も自給できない日本がこうした新しい情勢に対応するには、まず原発を早急に再稼働して化石燃料の消費を減らすべきだ。中国の石炭火力が問題になっているとき、原発をわざわざ止めて古い(大気汚染のひどい)石炭火力や石油火力を稼働させ、余計な燃料を輸入して毎日100億円も浪費している日本のエネルギー政策は、世界最悪である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story