コラム

宇宙誕生の138億年前から1秒もずれない「原子核時計」実現に一歩前進、日本人が活躍する「次世代型時計」開発の意義

2024年04月24日(水)14時50分

今回、理研チームは、トリウム229をイオントラップに捕獲する装置を開発し、アイソマー状態の寿命の決定に成功しました。

これまでは、トリウム229に照射してアイソマー状態にするためのレーザー(波長149ナノメートル)の作製が困難で寿命の測定ができませんでしたが、研究チームはウラン233のアルファ崩壊でアイソマー状態のトリウム229イオンが生成される性質を利用しました。その結果、アイソマー状態の寿命(半減期)は1400(+600/-300)秒と決定しました。

研究チームは今後、エネルギー8.3eV(波長149nm)のレーザー作製と、そのレーザーでのトリウム229原子核励起の成功を数年以内に達成し、原子核時計を実現する計画を立てています。

原子核時計だけじゃない有力な次世代型時計

日常生活で使うには精密すぎる原子核時計ですが、原子時計から精度がバージョンアップすることによって、新たに得られる知見にはどのようなものが期待されているでしょうか。

最近は、宇宙の膨張によって、基本的な物理定数は宇宙の誕生から時間を経るにつれて変化しているという仮説が有力視されています。また、宇宙の膨張が重力に支配されているとすれば膨張は時間とともに減速するはずですが、1998年にIa型超新星の観測によって宇宙の膨張は加速していることが示されました。超精密な原子核時計を使えば、研究者の観測期間中に微小な差異を検出できて、宇宙の謎の解明につながる可能性があります。

さらに、アインシュタインの相対性理論では、重力が強くなるほど時間の進み方が遅くなります。原子核時計は、地球上で物体を1センチ持ち上げたときの重力変化による時間のずれも検出できると想定されています。となると、今よりもごく小さな地殻変動も検知できるようになる可能性があり、地震や火山活動につながるような変化もいち早く見つけることができるようになるかもしれません。

さらに、現在、開発されている有力な次世代型の時計は、原子核時計だけではありません。たとえば、「秒」の定義は26年か30年の国際度量衡総会で再度改められる予定ですが、基準となるのは「光格子時計」で計測した値になる見込みです。これは原子時計の一種で、セシウムの代わりに光格子を用いることで従来の原子時計の1000倍の精度を達成します。

この光格子時計の理論の提唱者で、「21世紀のノーベル賞」とも呼ばれる「基礎物理学ブレークスルー賞」を22年に受賞したのが、本研究の中心となった理研・香取量子計測研究室の代表である香取秀俊主任研究員(兼・東大大学院教授)です。

超高精度な次世代型時計の研究では、日本人が大活躍しています。138億年で1秒にも満たない誤差にこだわる研究者たちにならって、私たちもほんの少しの時間の積み重ねを意識してみたいですね。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米GM、EV関連工場などで人員削減へ 1500人超

ビジネス

サムスン電子、第3四半期は32%営業増益 半導体市

ワールド

Azureとマイクロソフト365の障害、徐々に復旧

ワールド

トランプ氏、核兵器実験の即時開始を国防総省に指示
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨の夜の急展開に涙
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理…
  • 6
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 7
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 10
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story