コラム

宇宙誕生の138億年前から1秒もずれない「原子核時計」実現に一歩前進、日本人が活躍する「次世代型時計」開発の意義

2024年04月24日(水)14時50分
原子核時計のイメージ

(写真はイメージです) geralt-pixabay

<原子核時計が実用化されれば、地球や宇宙のどんな謎が解明されるのか。超高精度な「次世代型の時計」を開発する意味とは? 時間単位の歴史を踏まえて概観する>

ヒトは、時間を客観的に確認する手段として時計を考案し、より精密に測定できるように開発してきました。人類の歴史とともに日時計、振り子時計、クォーツ時計と発展し、現在、実用化されているものの中では、原子時計が最も精度の高い時計です。

腕時計や壁掛け時計でおなじみの一般的なクォーツ時計は、誤差が1カ月で15~30秒になります。セシウム133を用いた原子時計は、最高精度のものの誤差は1億年に1秒程度です。

私たちが入手できるもの、つまり商業的に流通している時計の中で、もっとも正確に時間を刻むものは電波時計やGPS時計です。これらは、電波に載せられた原子時計による正確な時刻情報を1日に数回受信して、誤差を修正できる機能を追加したクォーツ時計の一種です。誤差は、およそ10万年に1秒とされています。

ヒトの寿命の間では1秒もずれない時計が実現しているにもかかわらず、研究者たちは現在、原子時計よりも正確な「次世代型の時計」を何種も開発中です。そのうち、最高精度の原子時計よりも2~3桁少ない誤差が達成できる、つまり宇宙の始まりである138億年前から現在に至るまでの間でも1秒もずれないという超高精度の「原子核時計」は、10年内に実現可能と予測されています。

ただし原子核時計の実現には、用いられるトリウム229の時計としての利用に適した励起状態が、①何ボルトで起こって、②どれくらいの長さ続くかを調べなければなりません。今までは、①のみしか解明されていませんでした。

理化学研究所(理研)香取量子計測研究室の山口敦史専任研究員や東北大、高エネルギー加速器研究機構(KEK)などによる共同研究チームは、原子核時計の実現に不可欠なトリウム229のアイソマー状態(準安定な励起状態)の寿命を決定しました。研究成果は科学総合学術誌「Nature」に4月17日付で掲載されました。

超高精度な時計の開発は、なぜ待ち望まれているのでしょうか。原子核時計が実用化すると、地球や宇宙のどのような謎が解き明かされると期待されているのでしょうか。概観しましょう。

時計の開発と時間単位の歴史

正確な時計の開発は、「秒」の定義の変遷にも大きく関わってきました。

そもそも、現在使われている60進法の時間単位が考案された紀元前2000年頃のシュメールや、1日を昼12時間、夜12時間と分けた同時代の古代エジプトでは、日時計を使っていたので「秒」を正確に測ることは困難でした。

秒が表示される時計は16世紀後半から現れ、17世紀に振り子時計が作られるようになって正確性を増します。1799年には、フランス革命政府によって世界で共通の単位制度の確立を目的として「メートル法」が公布され、1秒も「1日の86400分の1」と定義されました。つまり、1日を60秒☓60分☓24時間の86400秒に分割したということです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ヘッジファンド、銀行株売り 消費財に買い集まる=ゴ

ワールド

訂正-スペインで猛暑による死者1180人、昨年の1

ワールド

米金利1%以下に引き下げるべき、トランプ氏 ほぼ連

ワールド

トランプ氏、通商交渉に前向き姿勢 「 EU当局者が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story