コラム

中国の民族問題を経済で語る「識者」たちの偽善

2021年06月23日(水)14時00分

新疆ウイグル自治区のウルムチ市内を巡回する武装警官 ROONEY CHENーREUTERS

<「漢民族の援助なくして少数民族は生きていけない」と語るのはDV愛好者のような暴論だ>

世界的に注目されるようになった中国の内モンゴル自治区や新疆ウイグル自治区の民族問題。それらを取り上げる日本のメディアや「学者」も増えてきたが、現実離れした解説や政治的意図を持つ見解も多い。特に顕著なのが経済と結び付けた見解だ。

民族問題を経済と関連させ、経済的格差に問題の原因を求めようとする「識者」は、少数民族地域を貧しく、漢民族地域を豊かだとみているらしい。諸民族と漢民族との格差が解消されれば政治的な衝突もなくなる、と夢想している。

漢民族は伝統的に万里の長城以南と横断山脈以東の地に住んできた。現代中国の領土では4割を漢民族が占め、それ以外を諸民族の土地が占める。漢民族地域に資源は乏しく、レアメタルや石油、天然ガスなどはモンゴル草原と東トルキスタンから産出する。

漢民族は豊かになったが、それは諸民族の土地を占拠し、資源を独占的に略奪し、環境を破壊した上で成り立っている。経済的格差は一方的な植民地式略奪に淵源(えんげん)していることに気付くべきではないか。

こうした格差論者が次に論じる方向性は以下のとおりだ。豊かな漢民族が貧乏人の少数民族を助けようとして、投資を行い開発している、と言う。そして、当局はいつどれくらい投資したか、高速道路を何本建設したか、高層マンションをいくつ建てたかを列挙する。あたかも漢民族の恩恵に浴そうとしないモンゴル人とウイグル人は無知か、あるいは恩知らずかと言わんばかりに、弾圧されている側を暗に非難する。

しかし、高速道路を人民解放軍の戦車が走り、モンゴル人の家畜を轢ひ き殺し、さらにウイグル人に使用させようとしない現実を「識者」らは知らない。洗練されたマンションに入植者の漢民族が入居し、先住民は古い建物から追い出されている現実をどう理解すればいいのか。

漢民族の略奪に目をつぶり、中国への同化を正当化する論者はマルクス主義の発展段階論に陥っている。農耕社会の漢民族が「先進的」で、牧畜社会のモンゴルや小規模オアシスを営むウイグル人は「立ち遅れた」人々だと断じている。「立ち遅れた」側の抵抗は「テロ」で、「先進的な」ほうの占拠は「反テロ」だという、中国政府の強弁に賛同する。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story