コラム

日本メディアが報じない中国の黒人差別

2020年06月25日(木)11時50分

中国にも「黒人差別」はある(広州市) JAMES POMFRET-REUTERS

<アメリカの人種差別問題が盛んに取り上げられるなか、独裁体制の隣国で横行する「ドメスティック・バイオレンス」に切り込む報道は見られない>

アメリカの人種差別問題をめぐって、日本など各国の報道が過熱している。アメリカには、かの国の成り立ちに伴う差別の問題が存在している事実を否定するつもりはない。だが、どう見ても日本メディアの捉え方は偏っている。というのは、隣の中国における黒人差別のことについては、ほぼ沈黙を通してきたからである。

中国にもアメリカに負けない黒人差別がある。1980年代に私が北京の大学で学んでいた頃、アフリカ諸国からやって来た留学生たちとのサッカーの交流試合に臨んだことがある。その時、中国人側は相手を公然と「黒鬼(ヘイグイ)」(黒いお化け)と呼んでいた。大学生だけでなく、一般の市民や知識人も変わらなかった。その後、2016年には「黒人を洗濯したら、アジア系の白い美男子になった」というコマーシャルが問題になった。

武漢で発生した新型コロナウイルス感染症が世界中で猖獗(しょうけつ)を極めた今春、中国南部・広東省ですさまじい勢いの黒人排斥運動が起きた。それまでに住んでいたアパートから追い出され、街頭にさまよっていたところを中国人に袋だたきにされる映像が多く拡散した。ナイジェリアなど数カ国の外交官が中国外務省に申し入れするほど、アフリカ諸国でも反響が大きかった。被害者の中にはアメリカ国籍の黒人もいた。

独裁国家で横行する「DV」

しかし、日本ではゴールデンタイムで中国の黒人排斥問題の深層を分析し、細かくルポする報道は見られなかった。正義に基づいて人種や差別の問題に取り組むのがメディアの役割であるならば、中国を放置してアメリカだけをクローズアップするのは不公平ではないか。「知ってはいたけれど、何しろ記者自身が実際に黒人排斥の現場に居合わせず、取材できなかった」との弁明も聞こえてきそうだ。新型コロナでの取材自粛はあっただろうが、これは中国において外国人記者の行動が厳しく制限されていることの証左でもある。

自由主義の国家では、小さな町の出来事が全世界の抗議デモの起爆剤になり得る。これに対し、独裁国家は扉が閉め切られた状態で、自国民だけでなくあらゆる人間を対象とした「ドメスティック・バイオレンス」が横行している。メディアはこの事実を注視しなければならない。制限が設けられていたならば、事件後に掘り出しに行けばいい。

今回の黒人排斥問題ではそれもなかった。だから、「やはり日本のメディアにはチャイナマネーが浸透している」「経営陣とトップ層が中国に忖度している」などと疑われるのだ。そして、当の中国は今やアメリカの人種差別批判の急先鋒となっている。

<参考記事>中国のアフリカ人差別でばれたコロナ支援外交の本音

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ローマ教皇、気管支炎治療のため入院

ワールド

中国新規銀行融資、1月は過去最高の5兆1300億元

ワールド

バンス米副大統領、欧州諸国に国防費増額求める

ワールド

ロシア、チェルノブイリ原発への攻撃否定
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザ所有
特集:ガザ所有
2025年2月18日号(2/12発売)

和平実現のためトランプがぶち上げた驚愕の「リゾート化」計画が現実に?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 2
    【徹底解説】米国際開発庁(USAID)とは? 設立背景から削減議論まで、7つの疑問に回答
  • 3
    吉原は11年に1度、全焼していた...放火した遊女に科された「定番の刑罰」とは?
  • 4
    【クイズ】今日は満月...2月の満月が「スノームーン…
  • 5
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 6
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 7
    夢を見るのが遅いと危険?...加齢と「レム睡眠」の関…
  • 8
    終結へ動き始めたウクライナ戦争、トランプの「仲介…
  • 9
    鳥類進化の長年の論争に決着? 現生鳥類の最古の頭骨…
  • 10
    駆逐艦から高出力レーザー兵器「ヘリオス」発射...ド…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 3
    Netflixが真面目に宣伝さえすれば...世界一の名作ドラマは是枝監督『阿修羅のごとく』で間違いない
  • 4
    研究者も驚いた「親のえこひいき」最新研究 兄弟姉…
  • 5
    メーガン妃の最新インスタグラム動画がアメリカで大…
  • 6
    戦場に響き渡る叫び声...「尋問映像」で話題の北朝鮮…
  • 7
    2025年2月12日は獅子座の満月「スノームーン」...観…
  • 8
    iPhoneで初めてポルノアプリが利用可能に...アップル…
  • 9
    【徹底解説】米国際開発庁(USAID)とは? 設立背景…
  • 10
    「だから嫌われる...」メーガンの新番組、公開前から…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 9
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story