コラム

中国人女性と日本人の初老男性はホテルの客室階に消えていった

2019年10月28日(月)16時05分

国会議事堂や首相官邸の目の前で「スパイ」が暗躍している THOMAS PETER-REUTERS

<北海道大学教授が中国で拘束されたと報じられているが、日本政府に救出への積極姿勢は見られない。日本は「スパイ天国」。中国があざ笑っている>

今年1月16日午後1時。私は東京・国会議事堂に近いある高級ホテルのカフェにいた。他人の会話を盗み聞きする気はなかったが、隣の席から中国人特有のイントネーションでまくし立てる日本語が聞こえてきた。中国人女性と日本人の初老男性が、コーヒーとケーキを前にして真剣な表情でやりとりしている。

「とにかく自民党の有力な議員たちに働き掛けていただきたいです」と、女性は満面の笑みで迫る。「わしはもう引退しているので、そんな力はないよ」と、男は応じる。

「ぜひ、習主席を新しい時代の最初の国賓として呼んでほしいです」
「それは難しいだろう。日本はもうトランプさんを呼ぶと決まっているし」
「主席の訪日に向けて、良い雰囲気を日本国内でつくってほしいです」

女性は男の手に自分の細い指を乗せて、優しい声でねだっている。「もっと詰めの話をしよう」と男が誘うと、女性もにっこりとうなずく。しばらくしてから、2人はエレベーターに乗ってホテル内の客室階へと消えていった。二流スパイ小説さながらのシーンが眼前に展開されているのを見て、私は茫然とした。

これが「スパイ天国」の東京の現実だ。日本の権力機関の目の前で、白昼堂々このようなドラマが演じられている。女性はある引退した政治家に接近し、彼を通じて習近平(シー・チンピン)国家主席がトランプ米大統領よりも先に日本へ国賓訪問できるよう政界工作をしていたようだ。1人の女性スパイの暗躍でどれほどの政治的効果が生じたか不明だが、これが東京を舞台とした国際政治のワンシーンであることは間違いない。

北大教授拘束でも対応は後手に

6月7日午前8時頃、皇居から近い東京駅の上空を奇妙なドローンが飛んでいたのをパトロール中の警察官が発見。操縦していた男を事情聴取した結果、北京市交通局の50代職員だったことが判明した。日本側は任意取り調べ後、起訴せずに釈放したが、判断が甘いのではないか、という批判が識者から出た。

というのも、北京市交通局は中国政府の肝煎りで整備中の中国版GPS「北斗」の開発に関わっている。北斗と連動して稼働する中国衛星の数は2018年にアメリカ製を抜き、世界の3分の2を超す国の上空で情報収集している。北京から来たこの男も恐らく、北斗用の正確な地理情報を入手しようとしたとみられる。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米「ゴールデンドーム」計画、政府閉鎖などで大幅遅延

ビジネス

12月米利下げ予想撤回、堅調な雇用統計受け一部機関

ワールド

台湾、日本産食品の輸入規制を全て撤廃

ワールド

英政府借入額、4─10月はコロナ禍除き最高 財政赤
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 9
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story