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最新ポートランド• オレゴン通信──現地が語るSDGsと多様性

山本彌生|アメリカ

最新の米国社会現象から見る、ポートランド。食のサードプレイス

ノースウエスト・スタイルと呼ばれる、オレゴン地元産の素材を使うレストランの元祖。地ビール、ワインは当たり前。米国レストランのアカデミー賞ともいえる、ジェームズ・ビアード賞でベストシェフを受賞したシェフ。その工房から生み出される手作りの料理は、あっさりとして日本人好み。Photo | Higgins Restaurant

食文化の豊かさと高さから、長年にわたって世界に名を広めるようになったポートランド。地元産を購入して、地元で消費するというコンセプトが長年定着。この食のムーブメントは、西海岸だけにはとどまらず世界に広がっていきました。

ここ数年にわたる『日本の地産地消』への注目。実は、そのコンセプトのオリジナルはポートランド。このことを知る人は、意外に少ないのかもしれません。

そのムーブメントの立役者が、ダウンタウンにあるヒギンズ・レストランのオーナーであるヒギンズさん。2002年の米国レストランのアカデミー賞ともいえる、ジェームズ・ビアード賞でベストシェフを受賞。レストランという名の『サードプレイス(居場所)』を提供し、多くの市民に愛されている、とても人間味あふれる温かい方です。

長引くコロナ禍で窮地に立たされる日々。今、新しいコンセプトのビジネスとスタイルを取り入れて、再出発しています。

そのヒギンズさんが身を置く、サービス産業とビジネス全般分野。実は、現在のアメリカでは、コロナの影響を受けた意外な社会現象が起こっています

そこから見えるビジネス復活への道筋。日本の人々へのヒントとは、どのようなものなのでしょうか。2022年に必要とされるマインド、そしてビジネスへの古くて新しいコンセプトを特別に語ってもらいました。

 地元産フードムーブメントのきっかけ

1980年代までのアメリカを代表する飲食といえば、ハンバーガー、アメリカンコーヒー、サラダ、ドーナッツなど手軽なものが主流。とはいえ、1950年代の専業主婦数に比べて、女性の社会進出数の増加と比例するように、冷凍食品やインスタント製品、ファーストフードを口にする機会も自然と増えていきました。

その後、1990年代から景気の伸びと共に、食に対する文化と人々の感覚に変化が生まれ始めます。特に、ベビーブーマー(団塊の世代)と呼ばれる層、そしてITで成功した人々が、食に対して新しいコンセプトを求めるようになっていくのです。

同時に、『オーガニック』への関心が以前に増して強くなり始めます。この頃から、『農地からテーブルへ (Farm to Table) 』という地産地消の新しい食文化がじんわりと広がっていきます。

もともとオレゴンは、農産物、酪農品、水産海産物が豊富にある土地。にもかかわらず、当時のレストランの卸は、海外や他州からの原価の安い食材を大量に仕入れることで、採算を取っていた。そんなビジネス背景があります。

そんな長年の定着した流通システムに疑問を持ち、Farm to Tableのシステムを確立していったのが、ヒギンズさん。

「1970年代から食の文化が工業化されて、近所にある地元レストランでさえ、地元の卵、野菜、果物を扱わなくなってしまった。特に都市部の米国レストランでは、安心して食べられる食材を扱わなくなっていったんです。」

やるせない思いが、次第に強くなっていったヒギンズさん。そこで、ダウンタウンに出店をしている朝市(ファーマーズ・マーケット)の業者や農家と直接契約する。そんな連携策を考え、試作実施をし始めていきます。

「より強いローカル・システムの確立を目指す。それは、地域に必須であり、とても有効な経済発展の方策でした。

シェフと農家が、相互に良い関係を築き上げる努力をする。ここができれば、生産とマーケティングをうまく流し実施することで、互いのビジネスが安定、発展していくということに繋がるのです。」

でも、当時はこの新しい発想に賛同する人はほぼ皆無だった。

「ローカルの素材なんて、田舎っぽいし、第一ダサい。オーガニック素材? なに寝言を言ってるんだ。仕入れ値が高すぎて、レストランで使ったらすぐに赤字から破産に転がり落ちるだけだよ。そんなビジネスの基本もわからないのか。」そう言い続けられたと回想します。

当時は、雇われの身だったヒギンズ氏。ならば、自力で試していくしかない。そう思い、1994年に現在のレストランをダウンタウンにオープンをさせるのです。

Mr. Higgins with staff in kitchen.jpegレストラン開業以来、毎日キッチンに立つヒギンズさん(中央・黒いキャップ)。現在は、若いシェフの育成に力を注ぐ日々に喜びを感じる。(コロナ前に撮影) Photo | Higgins Restaurant

| 食はコミュニティー。家や職場以外のサードブレイス(居場所)を提供する生きがい

周りからの冷ややかな批判を背に受け、ビジネスパートナーと一緒に緻密に計画を練る日々。

農家と直接契約することで、コスト削減を実現。新鮮な旬の土地の素材をふんだんに使って、品を提供しはじめます。そこから、ポートランドスタイル料理、すなわち『ノースウエスト・スタイル(米国北西部地域)料理』というものを作り築いていったと言います。

「日本人にとって、旬の素材というのは、当たり前の考えですよね。でも当時の米国では、一般化していないコンセプトでした。四季に恵まれているオレゴン。魚、肉、キノコ、ベリー系の果物、生乳といった素材に恵まれている土地柄だから、地元の旬の素晴らしい食材を徹底して使う。それを生かした味付けで料理をする。だから、それまでのアメリカ料理にくらべると味は軽い、でも深みや旨味がでる。ちょうどその時期の健康志向から、地元市民へとすーっと浸透していったんです。」

ヒギンズさんの生み出すシンプルながら味わい深い料理。ちょうど時代の流れと人の嗜好の変化と相まって、全米で注目を集めていきます。

食の哲学。これをすべて解き明かすことは難しいけど。そう前置きをしながら、こう分析をします。

『食はコミュニティーである』これが、私の基本の考えです。

「まず第一に、持続可能なコンセプトで食材を生産する人々を尊重する。このことで、私たちはこの地球にある地の恵を元に、生産者、消費者との絆を築いていくことができます。そこからコトが広がって、コミュニティー、住民、食材の提供者の皆が、心身共に幸せを感じる。さらに、そういう感情や空気が町全体へと広がっていく。

オーガニックでサステナブルな食品は、私たちの身体にも地球にも、そして人々の交流に不可欠なものなんです。」

ヒギンズさんは、30年近くにわたって数え切れないほどの農家、牧場主、漁師、パン職人、醸造家、チーズ職人、その他多くの食品職人たちと深い信頼関係を築いてきました。

「レストランで使用するだけではなく、食卓に並ぶ食材の移動距離を縮めること。これは、その地域やコミュニティーを強化して、より新鮮で栄養価の高い食材を提供することに繋がります。加えて、より健全な地域食品経済の形成にも役立つ。さらに、都市と農村の格差を最小限に抑えることができる。だから、産業と生活にとって不可欠なシステムと言えるのです。」

このようなヒギンズさんの働きが波を生み、世界の都市や自治体でのローカルフード(地元産に重きを置く)分野に大きな影響を与えていきます。

そんな矢先、突然襲ってきたコロナという名の大きな嵐。世界中のビジネスを飲み込んでいきます。

現在も継続して苦しめられている、レストラン・飲食・サービス産業というのは、日本も米国も同じです。

コロナ禍中、3年目の今。アメリカ全体ではどの様な現象が起きているのでしょうか。ヒギンズさんからの日本のビジネスへのアドバイスはどのようなものでしょうか。

HIggins stew.jpegオレゴンの海岸で採れたムール貝と地産の野菜のコラボ。そこに、ヒギンズさんが育てた数々のハーブを添えて。アメリカ一般料理でありがちな、煮込みすぎもないから貝のホクホク感がうれしい。 Photo | Higgins Restaurant

次ページ 最新のアメリカの社会現象、そして2022年ワークスタイル成功のカギ

Profile

著者プロフィール
山本彌生

企画プロジェクト&視察コーディネーション会社PDX COORDINATOR代表。東京都出身。米国留学後、外資系証券会社等を経てNYと東京にNPOを設立。2002年に当社起業。メディア・ビジネス・行政・学術・通訳の5分野を循環させる「独自のビジネスモデル」を構築。ビジネスを超えた "持続可能な" 関係作りに重きを置いている。日系メディア上のポートランド撮影は当社制作が多く、また業務提携先は多岐にわたる。

Facebook:Yayoi O. Yamamoto

Instagram:PDX_Coordinator

協働著作『プレイス・ブランディング』(有斐閣)

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