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トスカーナの糸杉と救急車

奥村千穂|イタリア

ボランティアが支えるイタリアの救急システム

イタリアの救急車の内部(筆者撮影)

イタリアの救急システム

今、私は地元の救急センターの休憩室で、この記事を書いています。
私が2019年3月から地元の救急車のボランティア活動に参加し始めて、既に1年半が経ちました。

フィレンツェの北側、県道沿いの小さな村にあるこの救急センターには、合計で4台の救急車が365日24時間体制で救急出動に備えて待機しています。通常は2台の救急車インディア号とデルタ号という2チーム、合計5人体制。インディア号はレッドコード対応で、看護師、救急隊員、ドライバーの3人編成、デルタ号は救急隊員とドライバーの2人編成です。

フィレンツェ市内、周辺地域には、ミゼリコルディア、クローチェ・ロッサ、ウマニタスなど大小様々な団体があり、それぞれが救急車を所有している独立した団体です。イタリアでは、急病人、怪我人が出た場合、電話で救急車を呼ぶときには118番をダイヤルします。電話はそれぞれの市の救急中央センターにつながり、そこから、一番近い場所に位置する救急車に出動依頼が入り、出動するというシステムです。病院間の搬送もこれらの救急車が行っています。
各センターが行った搬送サービス費用は、州の保険機構から各センターへ、時間、距離を計算して支払われます。

ドライバーと救急隊員は半分がボランティアと市民サービス、残りはそれぞれのセンターの職員で占められています。市民サービスとは、18歳から26歳にあたる年齢の若者を対象に、トスカーナ州から1か月500ユーロ(約62500円)が給付され、1週間あたり25時間以上働くという制度です。一方、ボランティアは全くの無給。シフトは午前、午後がそれぞれ6時間、夜2時間、深夜8時間です。センターにはキッチンやリビングがあり、それぞれの個室には机やテレビ、仮眠用ベッドなどがあり、出動依頼が入るまでの待機時間には勉強をしたり、食事を作ったり、仮眠を取ることが出来ます。

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救急車の一日

救急隊員の一日は、朝の救急車のチェックから始まります。
自分のチームの救急車に搭載されている生体モニターやAEDなどの機材の点検、燃料の補充、車両の整備、薬剤の使用期限の確認などを行い、センター内の清掃も朝のうちに済ませてしまいます。

サイレンが鳴ると、どちらの車両が出動なのかを確認し、救急車のダッシュボードについている画面から出動先のアドレスや患者の状態、年齢、性別などの情報を入手します。
現場ではそれぞれの患者の状態によって対応し、必要な場合は処置を行い、ストレッチャーに固定して、救急車に運び入れます。チームに看護師が乗っている場合は、点滴や薬剤の投与、吸引や気管挿管なども行うことが出来ます。生体モニターで測定した心拍数や血圧などの患者の状態を中央センターに伝え、センターからどの病院に運ぶかの指示を受けます。日本の救急車では、救急隊員が病院に受け入れ要請を行いますが、イタリアでは中央センターがそれぞれの病院の受け入れ可能数をパソコンでチェックし、それに基づいて行先の病院を瞬時に決定します。恐らく病院側の受け入れ態勢の差なのかと思いますが、この部分は日本と大きく異なり、受け入れ先を見つけのに時間がかかってしまうということはありません。
病院に患者を無事に搬送したら、再びセンターに戻り、車内の消毒を行い、使った薬剤や消耗品の補充して、次の出動に備えます。日によっては、センターに戻る道中で、次の出動依頼が入ることもあり、その場合は、車内の消毒を道中で行い、出動先に向かいます。
私が所属するセンターは人口密度が低いエリアなので、一日の出動件数はそれ程多くはありませんが、フィレンツェ市内や近郊の住民が多い地域では、6時間のシフトの中で平均10件近くの出動があるそうです。

何故、無償でボランティアを行うのか

活動に参加する前、こうしたボランティアを行うのは暇な人なんだろうなと思っていましたが、実際に入ってみると、他のボランティア仲間は仕事を持っていて、昼間の仕事の人は深夜のシフトを入れ、午後の仕事の人は午前のシフトを入れています。

「何故、人々は無償のボランティアを行うのか」

この問いに対する明確な答えは、まだ出ていません。イタリアでの救急搬送の歴史は古く、元々はカソリック教徒が掲げるカリタス(愛徳)、慈悲の精神から生まれた活動でしたが、今はそうした宗教的な意味合いは薄く、参加者も特に信仰深いようには見えません。

ただ、私の場合は、サイレンが鳴って救急車に飛び乗り、目的地に向かう途中の緊張感、神経を集中させ、あらゆる状況の中でベストを尽くす瞬間、無事に病院に到着した時の達成感。これらを共に感じることで生まれる連帯感を再び感じたいという気持ちがこの活動に参加するモチベーションになっていると思います。

私たちのセンターは人口密度がとても低い山間の小さな村にあるので、フィレンツェ市内の他のセンターに比べると出動率は低く、半日センターで待機という日も多々あります。かと思えば、シフト交代の時間の10分前にレッドコードが発生することもあり、全ては予測がつきません。緊急時に備え、いつでも万全の態勢で出動できるようにスタンバイすることもまた、大切なボランティア活動です。

現在、イタリアでは救急搬送は完全に無料です。こうしたイタリアの救急システムは、ボランティアにより、日々支えられています。

 

Profile

著者プロフィール
奥村千穂

イタリア、フィレンツェ在住歴22年。滞在型アパートメントの紹介サイト「ラ・カーサ・ミーア」を運営。イタリア語現地医療通訳。2019年より地元救急センターの救急車ボランティアに参加。近著『美しいフィレンツェとトスカーナの小さな街へ』(旅のヒントブック)。

ブログ:フィレンツェ田舎生活便り

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