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中国航海士・笈川幸司

笈川幸司|中国

第16回 コロナ感染の広がりによって中国の日本語教育の状況が大きく変わった

昨年3月までzoomを使ってオンライン授業をしていた日本語教師は多くなかったと思います。実は、以前からオンライン授業は中国でも行われていて、私も2012年に『沪江(フージャン)日本語』で月一回オンライン授業をしていました。2015年にはスウェーデンのダーラナ大学を訪問する機会がありました。大学はファールンという小さな都市にあり、スキージャンプのW杯が行われる場所で、「都会生活を好む若者が集まる場所ではない」という理由から、スウェーデン以外の学生も良い意味で巻き込み、zoomを使ったオンライン授業が行われていました。私はダーラナ大学の先生方のサポートを受けながら、初めてブレイクアウトルームに触れた時のなんとも言えない不思議な感覚を今でも覚えています。それはまさに「特別体験授業」でした。

昨年、武漢が封鎖された日の夜、春節中にオンライン授業をすることを決心し、私は学生募集をはじめました。実はその半年前から月一回のペースでzoomを使ったオンライン授業をしていたのですが、ホスト以外のマイクを全て切り、私が一方的に話すスタイルの授業をとっていたためか、学生たちの息づかいが聞こえず、反応を読みとることができませんでした。結果、60分間授業をしただけで毎回ヘトヘトの状態でした。ところが、春節中の授業では、参加者10名全員マイクをつけっぱなしにしていたことが奏功し、一人一人の反応を読み取ることができ、最初の授業は大成功でした。ブレイクアウトルームは使いませんでしたが、zoomを使ったオンライン授業に可能性を見いだすことができた瞬間でした。

ただ、学生たち全員のマイクをつけっぱなしにしていて困ったこともあります。私の得意な一斉朗読の時間では、タイムラグがあるため、全員の声が揃わないのです。そこで、朗読をするときだけは私以外の声をオフにし、私が引っ張っていくスタイルを取りました。このとき、学生たちの反応が読めなかったので、「読めているフリ」「読めている演技」をしながら、時には朗読スピードに変化をつけてやり進めました。実際に学生たちが私の声についてこれているかどうかは、その後一人一人に朗読してもらい、その流暢さによってある程度判断ができました。

たまに「朗読することに意味があるのですか?」と質問されます。

朗読はスポーツで例えるなら体幹を鍛える基礎トレーニングのようなものだと思っています。もっと簡単に言えば、腹筋運動や腕立て伏せ、スクワットのようなもので、それをちゃんとやっていたからといって、野球で満塁ホームランが打てるわけでも、サッカーでハットトリックが決められるわけでもないのですが、それさえしない選手がスポーツに取り組むことはできないと思っています。この考えを外国語学習に繋げますが、社会に出て、上手にコミュニケーションを取るには、気づかいが大事で、その場に合わせた話し方、ものの伝え方が大事であるのはもちろんですが、もし、気づかいができて、話す内容がしっかりできていたとしても、相手をイラつかせないくらいのスピードで話すレベルに達していないと、それらがみな無駄になってしまうように思ったのです。そういうわけで、一斉朗読が終わり、学生たちに個人で朗読練習をしてもらう時には、「これから1分間の個人練習を始めます!一つのセンテンスを8秒以内で読めるようにしてください!」といった細かい指示を出すようになりました。このような練習によって、聞き手をイラつかせない程度のスピードを身につけてもらっています。

「よく型を使って口語授業(話す力を伸ばす授業)をされていますが、型は本当に役に立ちますか?」といった質問もいただきます。まず「型」について簡単に説明します。

授業中にある教師が、「王さん、自分で例文を作って発表してください」と言ったとします。私はこれまで数多く授業見学をしてきましたが、多くの場合、「えーっと、あの、机の、上に、ペンが...、二本、あります...」「終わりですか?」「あっ、終わりです」といった教師と学生のやりとりでした。その後、周りの学生たちが笑うので、教室の雰囲気が良いという気もしましたが、周囲の笑い声によって、指名された学生が自信を失ってしまうという声も聞いたことがあります。もしかしたら、周囲が笑いでフォローしたくなるほど気まづい雰囲気だったのかもしれません。

さて、ここで「型」の一部をご紹介します。

「先生、ご指名いただきありがとうございます。では、第5課の文法『どこどこに何々があります』を使って例文を作ります。みなさん、どうぞ聞いてください。机の上にペンが二本あります。先生、みなさん、もし問題があればご指摘ください。以上です。どうもありがとうございました」

学生が自分で作った例文を発表する前に、どの学生にも「先生、ご指名いただきありがとうございます。では、第5課の文法『どこどこに何々があります』を使って例文を作ります。みなさん、どうぞ聞いてください」という、挨拶文を差し込んだセリフを言ってもらっているのですが、みんなが同じことをいうからか、3回目の授業からは、セリフを見なくてもスラスラ諳んじることのできる学生がちらほら出てきます。高級ブランドの自転車に乗ると、乗り始めはペダルが重く、最初は漕ぎづらいものです。これはあくまでも私の感想にすぎませんが、学生たちにとっての発話・発言も同じような状況かもしれません。最初、口を開くのが重いせいで、学生たちは、発話・発言が「難しい作業だ」と勘違いしてしまうのではないでしょうか。そこで「型」の登場です。「型」がスラスラ言えると気持ちが乗ってきます。それは高級ブランドの自転車に乗り、スピードが上がってくるとペダルが軽く感じられるのと同じ原理です。初めて「型」に触れた学生の心境は、「気持ち良い風に吹かれながら自転車で坂道を下っているようなもの」なのだそうです。

以前から、以上挙げたようなやり方を、多くの日本語教師のみなさんに知ってもらいたかったのですが、長い間それができず、モヤモヤした気持ちで過ごしていました。今は模擬授業を録画して後で見返すことができるので、「どんな授業をしているのか?」と興味を持って見てくださる先生方もおかげさまで予想以上に増えました。中国では、以前は出版社や日本語教育機関からの依頼で講師をつとめる一部の大学教授以外には公開授業をされる先生がいませんでしたが、今は、『全国オンライン授業コンテスト』も行われていて、若手の先生が活躍する舞台も増えています。「先生の授業をヒントにコンテストに出て優勝しました」とおっしゃる先生もいました。コロナ感染の広がりによって、中国の日本語教育の状況が大きく変わったのです。

オンライン授業は移動制限がないため、午前中に中国最南端の海南島の大学で模擬授業をした後、午後に中国最北端の黒竜江省の大学で日本語教師研修をすることも可能です。それどころか、中国以外の国でもセミナーを実施することが可能です。今月、東京にある日本語学校のセミナーを担当させていただき、300名以上の日本語教師のみなさんに参加していただきました。これまでは自分のやり方が紹介程度にとどまっていましたが、来月から、日本語アクセントと中国語の軽声に当たる部分を表記した「笈川楽譜」のつけ方を他の日本語教師のみなさんにマスターしていただき、型を使った授業を他の日本語教師の皆さんにマスターしていただくセミナーが実施されることになりました。コロナ感染の広がりによって、私自身の状況も大きく変わりました。

 

Profile

著者プロフィール
笈川幸司

1970年埼玉県所沢市生まれ。中国滞在20年目。北京大学・清華大学両校で10年間教鞭をとった後、中国110都市396校で「日本語学習方法」をテーマに講演会を行う(日本語講演マラソン)。現在は浙江省杭州に住み、日本で就職を希望する世界中の大学生や日本語スキル向上を目指す日本語教師向けにオンライン授業を行っている。目指すは「桃李満天下」。

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