World Voice

アルゼンチンと、タンゴな人々

西原なつき|アルゼンチン

「欲しいものは欲しいとはっきり言うべし」タンゴの歌詞から学ぶアルゼンチン暮らしの秘訣

(photo: istock-Renata Angerami)

日本でタンゴに魅せられ、引き寄せられるようにアルゼンチンにやってきた私。来る前は、きっと街を歩けばタンゴがどこかしらから聴こえてきたりするんだろう・・・などと妄想していました。
実際来てみると、観光スポットなど特別な場所に行けば確かに聞こえてくることもあるのですが、それほどでもない。もうこの街の誰しもの人々の心の中にタンゴがある、という、タンゴ=国民的音楽だった時代は過ぎ去ってしまったようです。


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(タンゴの空気が残る街、アルマグロ地区にはタンゴの有名アーティストの壁画などが残っています/筆者撮影)

今の若い人たちには、タンゴは聴かれません。現に、私が演奏している楽器はアルゼンチンタンゴに欠かせない看板楽器である「バンドネオン」という楽器なのですが、音楽関係でないアルゼンチン人たちには、悲しいことにしょっちゅう「アコーディオン」と言われます。


そんな現代のアルゼンチン人たちでも、ひとつ「誰もが知っているタンゴのフレーズ」があります。それは、カンバラッチェというタンゴの中の歌詞。

「El que no llora no mama」
=「欲しいものはちゃんと欲しいと言わないと、手に入らないよ」という意味です。
【直訳:泣かない赤ん坊はお乳を吸えない】


私たち日本人はいつも謙虚で控えめで、頼みごとも下から丁寧に、「恐縮ですが」「もし良かったら・・・」などと前置きすることがありますが、そんな私たちの姿を見てよく言われるのが、このフレーズ。
はじめはピンとこなかったのですが、最近、まさにこの言葉を痛感するアルゼンチンらしい出来事が起こりました。


先日、お引越しをしたときのエピソード。
入居したその日にインターネットを繋ぎに来てもらう約束だったのが、来ないのです。お願いしていた時間帯よりも後に「今繋ぎに来たけど、家にいるか?」と連絡がありましたが、その時間にはもう外出しなくてはならずキャンセル。ここからが大変でした。
毎日コールセンターに電話を掛け続けるものの、自動音声からやっと担当の人に繋がったと思うと、ここでは引き受けられないので別の番号に繋げますと言われたあと、もう一度最初の自動音声に逆戻り・・・。
掛ける場所を間違えているわけでも話が通じていないわけでもないのですが、そして何がそんなに面倒なのかわかりませんが毎回はぐらかされて予約が取れない、ということが約一週間続きました。


その間、私も半ばネタとして友人たちに愚痴っていたのですが、みんなが口を揃えて言うのは「ようこそアルゼンチンへ」。
他にも、「昔は繋ぎに来るまでに8年かかってたからね~」などはアルゼンチンジョーク(=数字をめちゃくちゃ大袈裟に言う)のひとつ・・・。


「ちゃんと怒りながら電話かけてる?丁寧に下からお願いしてない?強く言わないと来てくれないよ。」
なるほど、と、そろそろ私も怒れる準備が出来上がっていたので、怒りモードで諦めずに電話をかけ続けた結果、ようやく予約をこぎつけることが出来たのです。
最終的に手続きをしてくれたコールセンター(おそらく怒った人たちに対応する最後の砦的なところ)のお兄さんには、「これでもう明日モデムが届く手筈はついたから心配しないで、最後に何か言いたいことがあったら僕に何でも言っていいよ」と、まさかのサンドバック役の申し出まで受ける始末。
アルゼンチン人はこういう場合、さっさと解決するために最初から「念のため」怒っとく、ということもあるそうで・・・。
そして、晴れて入居から約10日後、ようやく新しいインターネットを繋ぎに来てくれるに至ったのでした。


歌詞の話に戻りますが、この「欲しいものはちゃんと欲しいと言わないと手に入らない」、という歌詞の後に続くのが、
「El que no afana es un gil!」=「盗めるものを盗まない奴は間抜けだ!」
というもの。過激な歌詞ではありますが、これもとってもアルゼンチン的なフレーズです。
実際、不用意にそのあたりに放置してしまったものなどは盗まれることが普通で、忘れ物が戻ってくることは99%ないと思っていた方がよい国です。文字通りみんなが盗っ人というわけではありませんが、このメンタリティはアルゼンチン人たちが自分たちのことを皮肉も込めて表現する、国民的特徴のように思います。
意訳すると「手を伸ばせば手に入るのに遠慮している人は馬鹿だ」とも解釈できるでしょう。


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ちなみに、「落とした財布が交番に届けられ手元に戻ってくることがあるらしい」などという日本のエピソードは、アルゼンチンでは(他国でもそうだと思いますが、)「信じられない、有り得ない」こととして盛りあがります。photo: istock- LightFieldStudios

Profile

著者プロフィール
西原なつき

バンドネオン奏者。"悪魔の楽器"と呼ばれるその独特の音色に、雷に打たれたような衝撃を受け22歳で楽器を始める。2年後の2014年よりブエノスアイレス在住。同市立タンゴ学校オーケストラを卒業後、タンゴショーや様々なプロジェクトでの演奏、また作編曲家としても活動する。現地でも珍しいバンドネオン弾き語りにも挑戦するなど、アルゼンチンタンゴの真髄に近づくべく、修行中。

Webサイト:Mi bandoneon y yo

Instagram :@natsuki_nishihara

Twitter:@bandoneona

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