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悠久のメソポタミア、イラクでの日々から

牧野アンドレ|イラク

ドイツ政府高官に任命された元イラク難民女性の半生

©Boonyachoat - iStock

約20年ぶりの積雪を記録したイラクのアルビルですが、ここ数日はまた15℃近辺の暖かい気温に戻っています。今年は比較的に雨の多い雨季となっており、来夏の水不足も少しは緩和されることが期待されています。

さて、昨年の終わりに成立したドイツの新政権ですが、社民党(SPD)のショルツ首相は閣僚を男女同数にするなど、時代の流れに沿った政策を進めています。

その中で連邦首相府直轄の担当大臣である「移民・難民・社会統合に関わる連邦政府弁務官(Die Beauftragte der Bundesregierung für Migration, Flüchtlinge und Integration)」に任命された人物が話題を集めました。

リーム・アルバリ=ラドヴァン氏は31歳、昨年の連邦議会選挙で社民党から初当選を果たした連邦議会議員です。

彼女の両親はイラク出身で。旧フセイン政権の圧政と闘い難民となり、その後ドイツに逃れた経歴を持ちます。アルバリ=ラドヴァン議員も両親が出会ったモスクワで生まれ、「難民の子」としてドイツ東部で育ちました。

今回はそんな彼女の半生をご紹介します。

  

アルバリ=ラドヴァン議員の半生

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©Sascha Krautz

アルバリ=ラドヴァン議員は1990年、ロシア(当時はソビエト連邦)の首都モスクワで生まれます。

イラク出身の両親は少数派であるカルデア典礼カトリック教会に属しており、モスクワの大学で工学を専攻。そのまま現地で結婚しアルバリ=ラドヴァン議員が生まれました。

彼女は現地の幼稚園や学校に通い、両親も大学の勉強のために家でロシア語を話していたため、彼女の母語はアラビア語ではなくロシア語になったそうです。

両親は勉強の傍ら、当時のイラクのフセイン政権に対する反政府活動も展開していました。しかし湾岸戦争とソ連の崩壊後、ロシアとイラクの関係が改善されたことから両親は身の危険を感じます。そこでアルバリ=ラドヴァン議員が6歳の時にドイツに渡航を決意しました。

そこから難民としてドイツでの生活が始まります。

難民たちの共同住宅のあった街から、ドイツ東部メクレンブルク=フォアポンメルン州(以下、MV州と表記)の州都であるシュウェリンに移り住んだ一家。

周りの難民の背景を持つ同級生たちが、言語の壁などを理由にドイツの教育制度への適応に苦しむ中、モスクワで厳しい学校教育を受けていこともあり、アルバリ=ラドヴァン議員はドイツの教育制度にも比較的早く溶け込むことができそうです。

その後、彼女はシュウェリンにあるギムナジウムを卒業。ベルリン自由大学に進学し中近東政治を重点科目に政治学を専攻します。

一般企業にて仕事を経験した後の2015年、MV州の内務省にて仕事を始め、自分も育った難民の一時受入施設の運営などに携わります。その後州政府内で社会統合担当官に30歳という若さで就任します。

そして就任翌年の2021年、社民党から州都シュウェリンの選挙区から出馬し初当選を果たしました。

   

移民・難民・社会統合に関わる連邦政府弁務官への抜擢

メルケル前首相による長期政権が終わりを告げた2021年12月の初め、ドイツでは社民党を中心とした3党による新政権発足が正式に決まり、閣僚人事が発表されました。

「連邦議会で最も医療に通じている」と言われる医師出身の議員が保健大臣に任命されたりと話題に事欠かない人事となりましたが、その中でも新しく連邦首相府(日本でいう内閣府)に属する移民・難民・社会統合に関わる連邦政府弁務官に抜擢されたアルバリ=ラドヴァン議員の存在は、彼女の若さ、そしてその経歴を受け注目の的となりました。

この移民や難民に関わる連邦政府弁務官という役職は2005年、メルケル首相の第一期政権の際に新設された役職で、ドイツ政府による移民や難民のドイツ社会への統合の補佐や外国人の生活の補助、またルーツの異なる人に対する差別への対策に向けて政府へ助言を行う重要な職務となります。

もともと家族省管轄だったものを重要政策という位置づけのもと連邦首相府に移した経緯がありました。

昨年、州政府で社会統合担当官になった際のインタビュー記事で彼女は、自身も難民という立場でドイツで暮らした経験を活かし、さらには地域社会のアクターを巻き込んだ移民・難民との新たな社会創出、そしてそれを通して「オープンな社会」を実現したいと述べています。

アルバリ=ラドヴァン議員はイラク難民という立場から受入国であるドイツの政務官のポストまで登り詰め、自分が経験したことを国の政策に活かそうと奮闘しています。

彼女の今後の活躍に期待したいと思います。

 

Profile

著者プロフィール
牧野アンドレ

イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。

個人ブログ:Co-魂ブログ

Twitter:@andre_makino

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