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悠久のメソポタミア、イラクでの日々から

牧野アンドレ|イラク

民主化後、最低の投票率となったイラク総選挙

©sadikgulec - iStock

10月10日、イラクで2018年以来の国民議会選挙が行われ、イラク全土で3,000人を越す候補が329の議席をかけて争いました。

執筆時現在(10/13)、シーア派でイラク・ナショナリストであり、しばしば「ポピュリズム政党」とも評される「サドル潮流」が73議席を獲得。2位のスンニ派政党「タカドゥーム」の37議席に倍の差をつけて第一党となる模様です。

2019年の10月から12月の間に行われ、550人が亡くなった反政府デモを受け前倒しで実施された今回の総選挙。

イラクの民主主義を占う重要な選挙と目されており、懸念された大きな混乱はありませんでしたが、結果は2003年の「民主化」以降で最低の投票率となりました。

今回はイラク国民議会選挙の結果、そしてそれがイラクにとって意味するものについて考察したいと思います。

  

懸念されたテロ攻撃

先日の記事でも書きましたが、この選挙当日やその一週間ほど前からイラク全土で厳戒態勢がとられ、私が暮らすクルド自治区のアルビルでも選挙当日と翌日は祝日になりました。その功が奏したのか大きなテロなどは起きませんでしたが、それでもいくつか散発的な事件は起きました。

中部キルクーク県では選挙当日、過激派組織ISIS(イスラム国)が投票所を銃撃。警備を行っていた治安部隊員1名が殺害され、2名が負傷しました。

また同県ではクルド人とアラブ人の対立が度々起きており、選挙後にクルド人政党が行ったデモ行進と中央政府の警察が衝突。多数の負傷者と逮捕者を出す事態となりました。

また、同じく中部のディヤラ県やサラハディン県ではイラン系民兵組織が投票所に乱入。人々に親イラン政党に対して投票するよう脅迫をするという事件も起きました。

2003年以降で投票率は最低に

次に書いています選挙結果以上に今回の選挙で注目されたのが、投票率の低さでした。

選挙管理委員会の発表された数値で41%。2003年の民主化以降5回議会選挙が行われましたが、その最低を更新する結果となりました。

民主化後、2005年12月の選挙では約80%の投票率を記録したイラク。その後選挙を重ねるごとに投票率は落ちていっています。

2019年末の大規模デモの後、政府は汚職の撲滅や生活インフラの改善、失業率の改善といった多くの約束を国民に対して行いました。しかしそれから2年後、コロナ禍が原因の部分もありますが、イラク市民の生活状況は悪化、貧困層に位置する人々も増加しています。

選挙に出馬する候補者の面も変わってはおらず、そもそも今回の選挙にイラク市民が希望を見出していなかったことがこの低い投票率から見て取れます。

  

選挙の結果は

最低の投票率となった今回の選挙ですが、選挙前第一党であるシーア派で反米ナショナリストであるムクタダ・アル=サドル師率いる「サドル潮流」と、シーア派の親イラン政党である「ファタハ連合」をはじめとする諸政党のどちらに票が集まるかが注目されていました。

そして結果は冒頭で述べたように、「サドル潮流」が前回の54議席から73議席に伸ばし第一党に。親イラン政党である「ファタハ連合」は48議席から16議席に大幅に議席を減らしました。「ファタハ連合」のリーダーであるハディー・アル=アミーリー氏は選挙の不正を訴えており、今現在「選挙結果を認めない」とも発言しています。

今回の選挙実施に向け、既得権益に基づく腐敗の打破を第一に掲げるカーズィミ政権は選挙制度の改革も実施。今まで党所属の候補に有利だったものを独立系候補も当選がしやすいようになりましたが、政党のもつ資金力や広報の力には及ばず、結局2018年の結果と大きくは変わらない結果となりました。

その反面、2019年の抗議に参加した市民たちが結成した「イムティダード(アラビア語で"助け"の意味)」という政党もイラク南部を中心に8議席を獲得。現体制に対して一矢を報いる結果を残しました。

  

今後の展望は

まだ調査が行われているものも多いので、今後、不正の摘発などが行われる可能性もあります。選挙管理委員会も調査をしているケースがあるのではっきりとしたことは言えませんが、私の周りの人たちの感覚からすると、今回は比較的不正が少なかったのではと考えられています。

選挙の監視を行っていたEUの監視団も声明を発表。選挙制度の不備や候補者間の露出機会の不平等などに疑問は呈しつつも、「よく運営がなされ、公正な競争の行われた選挙であった」と述べています。今回の選挙で、この点は少なくとも評価のできる点なのではないかと考えます。

宗派や民族、派閥により支持政党が大きく異なるイラクにおいて「世論」という言葉が使えるのかは分かりませんが、今回のナショナリストである「サドル潮流」の勝利は、多数派であるシーア派の中では少なくとも「外国の干渉にウンザリしている」というメッセージを示したと言えるかもしれません。

これから「サドル潮流」を中心に議会の多数派形成が行われるでしょう。またそれに加え今後、政党無所属であり親米と目されているカーズィミ首相の去就も注目されます。

今回のイラク国民議会選挙。2019年に命がけの抗議運動を行った若者たちの納得のいく結果とは到底言えません。これを経て部族や派閥の利権に基づくイラクの政治が大きく変わることはないでしょう。

ただ政治家たちも、この市民から突き付けられた「最低の投票率」というメッセージは受け止めざるを得ないでしょう。

今後の汚職撲滅にどこまで真剣に取り組めるのか。そしてその利益がどこまで一般の市民に分配されるのか。

また反米である「サドル潮流」が議席を伸ばしたことで今後アメリカやイランとの関係はどうなるのか。

イラク戦争からもう少しで20年。イラクの民主主義がゆっくりと、ただ確実に市民のためのものになるよう祈っています。

 

Profile

著者プロフィール
牧野アンドレ

イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。

個人ブログ:Co-魂ブログ

Twitter:@andre_makino

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