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NYで生きる!ワーキングマザーの視点

ベイリー弘恵|アメリカ

ニューヨーク大学歯学部で口腔疾患の遺伝子治療研究をする山野教授から最新の遺伝子治療を学ぶ

©iStock

ニューヨーク大学歯学部の山野教授は米国立衛生研究所(National Institutes of Health, NIH)から長期高額研究費($2.9M/5年間)を獲得され口腔疾患の遺伝子治療研究されております。前回に続いて、最新の遺伝子治療についてお話をうかがいました。

──具体的に最新の遺伝子治療というものは、どういうものなのでしょうか?

「従来の遺伝子治療は、前述のとおり、ある遺伝子が足りないために病気になっていれば、遺伝子を補います。近年では、逆に、ある遺伝子が過剰発現しているために病気になっているような場合は、発現を抑える遺伝子を入れて、遺伝子発現を減らすこともできるようになっています。さらに最近では、2020年ノーベル化学賞を取得したジェニファー・ダウドナとエマニュエル・シャルパンティエが開発したCRISPR/Cas9というゲノム編集システムで、がん遺伝子など異常な遺伝子そのものを切り出して、元々の正常な遺伝子と取り換え編集できるようになりました。

──現在山野教授が行っている遺伝子治療は、具体的にどのようなものでしょうか?

「がんの末期になると激しい痛みを伴います。特に口腔がんは、とても酷い痛みを起こすものの一つです。さらに、進行すると痛みがどんどん酷くなって、どんな処方鎮痛薬も、モルヒネなどの麻薬性鎮薬さえも効かなくなります。末期のがん患者さんの終末治療は、如何に痛みをとってあげるのかという緩和治療が最も重要でQOL(治療や療養生活を送る患者さんの肉体的、精神的、社会的、経済的、すべてを含めた生活の質)の向上につながります。現在、私の研究室ではこの口腔がんの疼痛緩和を遺伝子治療で行うという研究に取り組んでいます。

私と共同研究者の研究で、激しい痛みを伴う口腔がん末期の患者さんは、オピオイド受容体※1遺伝子が機能していないということを発見しました。つまり、麻薬性鎮痛薬を投与しても、この受容体が機能していないので、痛みをブロックすることができないというメカニズムが分かりました。そこで、オピオイド受容体遺伝子を入れてあげることで、オピオイド受容体が正常の機能するようになり、痛みを緩和することができることが動物実験で証明されました。

最近、さらなる研究で、これらの口腔がん患者さんにはある酵素活性タンパク質が過剰発現していることを発見しました。そこで、前述の足りないオピオイド受容体遺伝子を加えてあげるだけではなく、この過剰発現している酵素活性タンパク質を抑える遺伝子を入れることによって発現を抑えるというダブル遺伝子導入を試みてます。つまり、必要な遺伝子発現を上げるのと不必要な過剰発現遺伝子を抑えるのを同時にやることで、効率的に痛みを和らげるという戦略です。」


※1 オピオイド受容体は、モルヒネ様物質(オピオイド)の作用発現に関与する細胞表面受容体タンパク質です。

iStock-1064981344 (1).jpg©iStock

──遺伝子治療の研究する上での問題点や困難な点などは、どんなところでしょうか?


「遺伝子治療の基礎について概略をできるだけ分かりやすく説明してきましたが、いざ実験してみると、理論的に上手くいくはずなのに細胞実験では思い通りの結果が出なかったり、細胞実験で上手くいったのに、動物実験ではその結果が再現できなかったりなど、理論≠細胞実験≠動物実験となることもしばしばですね。多くの研究者が言っていますが、期待した良い結果が得られるのは相当低い確率です。プロ野球の好打者の打率よりは低いのではないでしょうか。実際に生体の遺伝子発現を戦略通りにコントロールすることは、私達が考える以上にはるかに困難なことなのです。

現在、臨床での遺伝子治療は、治療選択肢の中で最終の手段の一つとしての位置づけです。がん治療の場合では、未だに①外科手術を②放射線療法③化学療法がゴールドスタンダードです。これしか生きる手立てがないという場合にだけ、遺伝子治療が選択されます。1999年に18歳の肝臓病患者が遺伝子治療で、アデノウイルスが原因で亡くなったことにより、原因究明のために全米すべての臨床治験を中止されたことがあります※2。一人の患者が亡くなったとしても、これほど慎重に遺伝子治療は行われており、まだまだ有効性と安全性を改善する必要があると思います。」

※2 遺伝子治療を受けていた肝臓病の青年が1999年に死亡したことにより、米食品医薬品局(FDA)は、NJ州にある遺伝子研究会社、米シェリング・プラウ社の研究者らに、結腸がんと肝臓がんの人間に対する治験を中止するように命じました。原因は、治療効果のある遺伝子を体内に運ぶベクターとして使われたアデノウイルスではないかと考えられています。

──山野教授が今後目指す遺伝子治療とは?

「今後の遺伝子治療は、遺伝性疾患のうちの多くを治療する強力な手段となることは確かです。さらに、私の専門領域に関して言えば、現在進行中のがん性疼痛に加えて、虫歯や歯周病や自己免疫疾患の一つシェーグレン症候群※3によるドライマウスや創傷治癒などの様々な顎顔面口腔疾患に対する効果的な治療法として期待されています。しかしながら、現在の遺伝子導入技術はまだ完成段階とはいえず、本当の意味での臨床的評価を受けるまでにはもう少し時間が必要です。今後、歯科医学を含めた広い分野にわたり、安全でしかも効率的な医療を提供するためには、病因の究明と遺伝子導入技術の向上は最も大きなテーマの一つで、一日も早くそれらが確立することを目指したいと考えています。」

※3シェーグレン症候群は、涙腺、唾液腺をはじめとする全身の外分泌腺に慢性的に炎症が起こり、外分泌腺が破壊されてドライアイやドライマウスなどの乾燥症状が出現する病気です。 本来、細菌やウイルスなどの外敵から身を守るための免疫系が自分自身を誤って攻撃する、自己免疫という現象が重要な原因の一つと考えられています。

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©Seiichi Yamano

【プロフィール】
山野精一(やまのせいいち)

90年日本大学歯学部卒業、94年東京医科大学大学院修了・医学博士取得後、同大学助手口腔外科。97年からメリーランド州にある全米最大の医学研究機関NIH(国立衛生研究所で基礎医学研究唾液腺による遺伝子治療に4年半従事後、04年ペンシルベニア大学歯学部卒業・歯学博士と米国歯科医師免許取得、07年ハーバード大学歯学部大学院卒業・医科学修士と補綴専門医取得。07年よりニューヨーク大学歯学部助教授補綴科16年よりニューヨーク大学歯学部准教授(補綴科)。

 

Profile

著者プロフィール
ベイリー弘恵

NY移住後にITの仕事につきアメリカ永住権を取得。趣味として始めたホームページ「ハーレム日記」が人気となり出版、ITサポートの仕事を続けながら、ライターとして日本の雑誌や新聞、ウェブほか、メディアにも投稿。NY1page.com LLC代表としてNYで活躍する日本人アーティストをサポートするためのサイトを運営している。

NY在住の日本人エンターテイナーを応援するサイト:NY1page.com

ブログ:NYで生きる!ベイリー弘恵の爆笑コラム

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