コラム

サイバー空間の治安・安全保障というビックテックの公共性を再評価すべきだ

2022年12月23日(金)14時59分

サイバー・セキュリティ上の問題が発生する

上述の中間報告書が述べているような規制措置がビックテックに適用された場合、サイバー・セキュリティ上の社会問題が発生することは避けられないだろう。

たとえば、スマホに対して公式ストア以外からのアプリのダウンロード環境を整備することを義務付ける規制(サイドローディング)は無意味かつ有害だ。ビックテックによる審査を経ずにユーザーの手に届くアプリの信頼性は極めて低い。そのため、多くのユーザーがマルウェア入りのアプリを掴まされる可能性がある。政府がこのような仕様を実装することをビックテックに強要すれば、日本のように高齢化が進んだ社会では、多くの高齢者が詐欺等の犯罪行為の犠牲になることは明らかだ。「STOP詐欺!不必要なアプリのダウンロードはやめましょう」という高齢者向けのポスターが公的機関に掲示される未来が目に浮かぶ。

また、ネット環境に一定程度手慣れた利用者であっても、ウェブアプリを利用した犯罪行為を防ぐことは至難だ。ウェブアプリは、ダウンロード行為が必要なく、ウェブサーバーに設置されたアプリをスマホのブラウザで閲覧・利用するだけで被害が発生する。

そのため、ブラウザのOS機能へのアクセスやブラウザエンジンの自由化をビックテックに強いることの潜在的なリスクは極めて高い。若者が多く利用するウェブアプリなどに突然何らかの意図に基づくマルウェアが挿入された場合、ビックテックは法律に縛られて適切な対応ができず壊滅的な事態を引き起こす可能性すらある。

世界の犯罪の舞台はリアルな空間からサイバー空間に移っており、国家同士の戦闘行為においても様々なマルウェアが多用されるようになっている。ビックテックが提供する相対的に安全なサービス以外を利用するリスクについて、日本においては十分に周知がなされていない。

デジタル分野の競争政策に安全保障の視点を

欧米におけるビックテック叩きは反資本主義イデオロギーに基づく動きが背景にある。そのため、メリットとリスクを議論する冷静な議論は行うことは難しい。反資本主義イデオロギーを妄信した人々にとってビックテックは悪の象徴そのものだからだ。

日本ではビックテックは反資本主義イデオロギーによる激しいバッシングを受けていない。日本における誤った競争政策の議論は、安全保障に対する無知、欧米に対する舶来信仰による思考停止の産物に過ぎない。

したがって、欧米のビックテック叩きの猿真似をするのではなく、日本政府はその政策が本当に必要なのかを再検討することができる。デジタル分野の競争政策に関して更に議論を深めていくプロセスにおいて、今後は必ず安全保障分野の有識者を専門家として加えることが必要だ。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ワールド

米との鉱物協定「真に対等」、ウクライナ早期批准=ゼ

ワールド

インド外相「カシミール襲撃犯に裁きを」、米国務長官

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官を国連大使に指名
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story