コラム

徹底的に嫌な奴だが才能があることは否めない、俳優イーサン・ホークの自伝的小説

2021年02月22日(月)20時15分

過去には不倫に関する発言でひんしゅくを買ったイーサンだが Mario Anzuoni-REUTERS

<自分の言動が他人にどう見えているか理解する客観性を持ちながら、あくまでも自己中心的な男の心理と行動を見事に描いている>

イーサン・ホークは、映画『恋人までの距離』(Before Sunrise)などで知られるベテラン俳優である。最近ではジェイムズ・マクブライドの全米図書賞を受賞した小説『The Good Lord Bird』をテレビミニシリーズとしてプロディースし、主演している。

ホークは、日本にもファンが多いユマ・サーマンと結婚していたことでも有名だ。彼の浮気が原因で2004年に離婚したのだが、その時の周囲の反応(特に男性)は「ユマ・サーマンと結婚していながら浮気して離婚するなんて、何様のつもりなのか?」という呆れであった。

メディアに対するホークの対応も火に油を注ぐものだった。「Martin Luther King Jr. suffered from infidelity, so did John F. Kennedy. You're more likely to find great leadership coming from a man who likes to have sex with a lot of women than one who's monogamous.(マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは不貞に苛まれたし、ジョン・F・ケネディもそうだった。偉大な指導者たちをよくみれば、浮気をしない男よりも、多くの女とセックスしたい男のほうが多いとわかるよ)」というとんでもない言い訳をして、男性だけでなく、女性からも「MLKジュニアやJFKと自分が同レベルだと思っているのか?」とさらに呆れられた。

そういうこともあって、ホークが書いた小説にはこれまで興味がなかったのだが、最新作の『A Bright Ray of Darkness』が業界紙Pulishers Weeklyで星付き評価だったので興味を抱いた。しかも、どうやら自伝的小説のようだ。

まったく期待していなかったので、ニューヨークのJFK空港に到着した主人公ウイリアム・ハーディング(イーサン・ホークの分身)とインド系のタクシー運転手とのやり取りの冒頭部分で驚き、胸を踊らせた。ホークは嫌な奴かもしれないが、文章を書く才能があるのは明らかだ。これまで文芸賞を取っていなかったのが不思議なほど文章力がある。

タクシー運転手は、"People of your kind. They make me feel upset where I breathe(あなたみたいな人。そういう人たちが私が息をする場所をむかつかせるんですよ).""You have everything, but...that is not enough. You are greedy, my friend, am I right? Driven by greed?(あなたはすべてを手にしているのに、それでも満ち足りない。あなたは貪欲なんですよ、私の言うことあたっているでしょう? 欲に操られいるんでしょう?" と決めつける。ウイリアムは「あなたは僕のことを何も知らない」と反論するがタクシー運転者は聞く耳を持たない。これが、離婚当時のホークに対する世論の総括だった。

小説家としての飛び抜けた才能

この冒頭シーンを含め、ホークは自分がやってきたことと、それが他人にどう見えているのかを知っている。その距離感を保ったままで、ウイリアム・ハーディングという徹底的に自己中心的な男の心理と行動を描いている。そこに、イーサン・ホークの小説家としての飛び抜けた才能を感じる小説だ。

この小説では妻はロックスターという設定だが、それ以外はすべてユマ・サーマンだと明らかだ。2003年にニューヨークのリンカーンセンターで上演されたシェイクスピアの『ヘンリー四世 第一部』で、ヘンリー四世を演じたリチャード・イーストンが舞台の上で心臓発作を起こし、ヘンリー・パーシー(ホットスパー)を演じていたイーサン・ホークがそれに気づいて観客の中に医師がいないか呼びかけたのは実際に起こったことだ。

この小説では登場人物が別名なだけで、同じことが起きる。だから他のこともかなり事実に基づいている「自伝小説」だと想像できる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米最高裁、同性婚合法化判決の撤回申し立てを却下 

ワールド

シリア暫定大統領がホワイトハウス訪問、米国は制裁法

ワールド

COP30実質協議開始、事務局長が参加国に協力呼び

ビジネス

ビザとマスターカード、手数料を5年間で380億ドル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 7
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 8
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 9
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 10
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story