コラム

美容整形大国の韓国を舞台に描く、「外見の美しさ」にとらわれる女性たちが抱く羨望と絶望感

2020年07月07日(火)14時40分

4人の視点(Sujinのものはない)で彼女たちの人生を追ううちに、どこにも行きようがない閉塞感で苦しくなってくる。登場するリッチな男性は徹底的に嫌な奴らばかりで、美しい女性たちを性的に利用しながらもゴミのように扱い、自分の階級にふさわしい女性との結婚をしっかり計画している。愛人も結婚相手も、自分と同等の人間として捉えてはいないのだ。そこで女性たちが心置きなく愛せるのは、女友だちだけ、ということになる。

著者は、アメリカ、香港、韓国で育ち、アイビーリーグのダートマス大学を卒業し、同じくアイビーリーグのコロンビア大学でMFA(美術学修士)プログラムを修了した韓国系の女性だ。ソウルのCNNで旅行と文化の編集者を務めたこともあるということで、韓国の文化には詳しい。

アメリカの大学に行くために中学の頃から子供をアメリカに送る韓国人が多いことは知っていたが、そういう韓国人学生のニューヨークでのコミュニティが描かれているのも興味深かった。ここに描かれている韓国の閉塞感は日本と共通するものがかなりあるが、異なるものもある。特に若い女性に対する美の基準は日本を越えた恐ろしさだ。

閉じられた社会でのみ通じる価値観

アメリカ人読者を対象にした小説なので、たぶん著者は極端な例を描いたのであろう。そこには、美容整形の背後にある社会状況や個々の女性の事情を説明したいという作者の意図がうかがわれる。

だが、私のようにアメリカに住む女性読者は、登場人物が美容整形以外のことに熱意を抱いてくれることをつい祈ってしまうのではないかと思う。なぜなら、Kyuriたちが貯金を費やし、猛烈な痛みを体験してまで達成しようとする理想的な美貌は、アメリカではほとんど通用しない美であり、価値観だから。

韓国や美容整形に限らず、「閉じられた小さな社会のみで通じる価値観」に振り回される人生の苦しさや切なさを訴える小説と言えるかもしれない。


『If I Had Your Face』
Frances Cha

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プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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