コラム

理想的な大統領に自分を投影している、ビル・クリントンの政治スリラー

2018年08月02日(木)15時00分

通常であれば、作家の代理で出版社などと交渉するのは「文芸エージェント」だ。だが、クリントンとパタースンの場合は文芸エージェントではなく、「弁護士」のロバート・B・バーネットなのだという。

バーネットはワシントンDCでは有名な弁護士であり、オバマ元大統領夫妻、ヒラリー・クリントンといった民主党の大物政治家だけでなく、ジョージ・W・ブッシュ元大統領など共和党の政治家もクライアントに持っている。ニューヨークタイムズ紙の記事によると、ビル・クリントンとジェイムズ・パタースンが共著で小説を書くことを思いついたのはバーネットで、彼が2人にそのアイディアを持ちかけたらしい。

バーネットの目の付け所は正しく、このゴールデン・チームが生み出した『The President Is Missing(大統領が行方不明になっている)』というタイトルの政治スリラーは、6月4日に発売された最初の週にハードカバーのみで15万2000部も売れる大ベストセラーになった。電子書籍のキンドル版でも、アマゾンで最も多く読まれた本になり、発売から7月15日時点まで、ハードカバーの売れ行きで連続全米1位を保っている(ブックスキャンの調べ)。

では、肝心の内容はどうか?

簡単に説明すると、『The President Is Missing』はアメリカで「Airplane Read(飛行機の旅で読むのに適した本)」と呼ばれる類の小説だ。広いアメリカでは、飛行機は日本の新幹線かバスと同じような気軽さで使われる。長いフライトの途中には頭を使う難しい本や重い内容の本ではなく、退屈さを忘れさせてくれるようなスピード感がある面白い本が好まれる。『The President Is Missing』はそんな政治スリラーだ。

528ページもある分厚い本だが、各章がとても短くて、128章+エピローグという珍しいスタイルだ。章が短いせいで長い小説にもかかわらず、スピード感がある。

主人公は50歳の現役大統領ジョナサン・リンカーン・ダンカンだ。ダンカンは元軍人なので徴兵を逃れたビル・クリントンとその点は異なるが、あとはイメージが重なるところが多い。

小説は、テロリストと直接交渉した疑惑で下院の特別調査委員会から喚問されたダンカン大統領が、弾劾の危機に直面しているところから始まる。

このさなかに、水面下でアメリカをターゲットにしたサイバーテロの計画が進んでいた。テロが成功すれば、多くの死者が出るだけでなく、経済が破綻し、アメリカは何十年も発達途上国のような状態になってしまう。このテロには、他国の機密機関や複数のスパイ、暗殺集団が関わっており、誰が誰と通じているのか見えてこない。

しかも、大統領とトップアドバイザーの8人しか知らない暗号が漏れていた。大統領が信頼している側近の中に裏切り者がいるのだ。副大統領すら信頼できない。ダンカン大統領は、国家の安全を守るためにやむを得ず姿をくらます。そして、裏切り者を探し出し、サイバーテロを防ごうとする。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資

ワールド

イスラエルがシリア攻撃、少数派保護理由に 首都近郊

ワールド

学生が米テキサス大学と州知事を提訴、ガザ抗議デモ巡

ワールド

豪住宅価格、4月は過去最高 関税リスクで販売は減少
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story