コラム

トランプ政権下でベストセラーになるディストピア小説

2017年02月28日(火)20時00分

トランプ政権への不安がベストセラーリストに反映するなか、2月23日にアマゾンのベストセラーのトップに現れた20年前の本がある。

Dereliction of Duty(職務怠慢)』というタイトルのノンフィクションの著者は、H・R・マクマスター。ロシア高官との接触疑惑で辞任したマイケル・フリン国家安全保障補佐官の後任として、トランプ大統領が新たに指名した陸軍中将だ。湾岸戦争やイラク戦争で目覚ましい功績を挙げた軍人だが、知識人としても知られている。

【参考記事】トランプ政権のマクマスター新補佐官、安全保障に食い違い

『Dereliction of Duty』は1997年、当時陸軍少尉だったマクマスターがノースカロライナ大学チャペルヒル校で軍事史の博士号を取得した時に書いたベトナム戦争に関する論文の一部だという。ベトナム戦争については書き尽くされている感があるが、本書が特に評価されているのは、統合参謀本部(Joint Chiefs of Staff, JCS)の役割についてのバランスが取れた分析と見解だ。

JCSはアメリカ軍の最高機関で、陸軍、海軍、空軍、海兵隊の4軍と州兵総局のトップで構成されている。アメリカ国防総省の下にあり、軍事戦略を立案して、大統領や国防長官に軍事的な助言を行う。実際に使令を与えるのは「最高司令官(Commander-in-chief)」である大統領だが、大統領の決断に影響を与える重要な役割を担っている。ところが、ジョン・F・ケネディ政権からリンドン・ジョンソン政権にかけて、大統領の決定に関するJCSの影響力は激減した。本書には、その内情が詳しく説明されている。

トランプと異なる見解

本書の副題「Johnson, McNamara, the Joint Chiefs of Staff, and the Lies That Led to Vietnam(ベトナム戦争に導いたジョンソンとマクナマラ、統合参謀本部、そして嘘)」から推測できるように、ロバート・マクナマラ国防長官やリンドン・ジョンソン大統領の失策を説明している。

それらはすでに多くの書物が明らかにしていることだが、軍人であるマクマスターがJCSを率直に批判しているところが新鮮だ。マクマスターは、国防長官への忠誠心を優先して強く反論しなかったことや、JCS内で互いへの疑心暗鬼から一致した意見を大統領に提示しなかったこともベトナム戦争を泥沼化させたと信じている。

15章の「Five Silent Men(沈黙した5人の男)」では、統合参謀本部のメンバーらが、「憲法と国民に対する自分たちの責任」と「最高司令官である大統領への忠誠心」の間で葛藤したことが読み取れる。しかし、結局は軍人としての忠誠心が勝ち、「ベトナムの状況について誤解を招く証言することで、司令官たちは最高司令官を支持した」とマクマスターは書いている。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トルコ、経済は正しい軌道上にあり金融政策は十分機能

ワールド

イスラエルのミサイルがイラン拠点直撃と報道、テヘラ

ビジネス

中国シャオミ、初のEV販売台数が予想の3─5倍に=

ワールド

イスラエル北部の警報サイレンは誤作動、軍が発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story