コラム

「誰かに認められたい」10代の少女たちの危うい心理

2016年10月04日(火)18時15分

 インドを訪問した体験から、ウィルソンはマンソンの提案するライフスタイルに興味を持ち、ミュージシャンとしてデビューしたいマンソンを音楽プロデューサーに紹介した。その話が決裂してマンソンが逆恨みしたのが、シャロン・テート殺人事件のきっかけだと言われている。映画監督ロマン・ポランスキーの妻シャロン・テートを含む5人がマンソンの信奉者の少女たちに殺されたが、元々のターゲットは、彼らではなくこの家に以前住んでいた音楽プロデューサーだった。

 妊娠しているテートが命乞いをしたとき、「ビッチ、お前に同情なんかはしないんだよ」と言って、何度もナイフで刺したのが、見た目が普通の少女だったというのもショッキングな事件だった。

 内容は酷似してるものの、『The Girls』はチャールズ・マンソン事件を再現する小説ではない。10代の少女の心理に踏み込んでいく。

 マンソンの信者の少女たちのように、エヴィが憧れたスザンヌたちは、「自由意志」で残酷な殺人を犯す。Summer of Loveで、若い女性が見知らぬ男性たちに身体を提供したのも「自由意志」だ。だが、孤独で愛に飢えた年若い少女たちの「自由意志」は、本当に「自由意志」だったのだろうか?

 殺人にしても、フリーセックスにしても、行動した少女らが自分で考えついたものではない。元々は(それを利用する)年上の男性が作りあげたものだ。なぜ、彼女たちは、簡単に操られてしまうのか?

 エヴィが憧れ、親しくしていた少女たちは、ラッセルの命じるままに、残酷な殺人を犯す。エヴィがそこにいなかったのは、スザンヌが彼女を仲間に加えなかったからだ。もし一緒にいたら、自分も殺人に関わっていたかもしれない。スザンヌがエヴィを放り出したのは、思いやりからなのか、それともラッセルに関係する嫉妬からなのか......。何十年もたった今、エヴィは過去の自分やコミューンの少女らを、距離を置いて眺める。すると、14歳のときには見えないことが見えてくる。

 エヴィだけでなく、当時は大人っぽく見えたスザンヌですら、「誰かに認められたい」「愛されたい」という10代の少女の脆弱な心理を抱えていた。そして、彼女たちはようやく獲得できたプライドを守るために、「自由意志」というコンセプトにしがみついた。

 クラインは非常に抑えた表現で少女の危うい心理を語る。25歳の新人とは思えない文章の成熟さが意外だった。派手な作品ではないところに、この小説の価値がある。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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