コラム

ボストンのキャリアウーマンが大阪の主婦になった実話

2015年08月24日(月)16時00分

 それにしても、「こんなに話が通じないのに、大丈夫なのか?」とハラハラさせられる2人だ。ボストンと大阪という距離の問題もある。どちらも住みかを移動させたら職を失う。自分と同じように裕福なユダヤ人男性と結婚してほしいTracyの母親は遠まわしに反対を続けるし、難問だらけ。それなのに2人は、障害を次々に乗り越えて何年もかけて深い愛情と絆を築き上げていく。

 Tracyの体験談を読みながら感じたのは、「カップルの言語と文化が同じではない」というのは、もしかすると欠陥ではなく利点ではないかということだ。

 母国語ではない言葉で語り合うと、頻繁に誤解が生じる。けれども、流暢な言葉でごまかせないほうが、人間性は露呈しやすいものだ。言葉以外のコミュニケーションに頼るしかないから、勘が働く。それに同国人が相手の場合は、相手が自分の心を読まないときに腹が立つが、外国人が相手だと、わかりあうための努力をし、譲歩する。当然だが、努力や譲歩をしたほうが関係は長続きする。

ShufuBookParty1.jpg

6月にボストンで開催された出版記念パーティーで本を朗読するTracy(著者提供)


ShufuBookParty2.jpg

パーティーにはTracyが主催する文芸サークルのメンバーが集まった(著者提供)


 私は東京で知り合ったアメリカ人と結婚して現在はボストンに住んでいる。そして、故郷は大阪の隣の兵庫県だ。だから著者のTracyとは微妙に逆の立場なのだが、大切な人とその人の国に対する心境の移り変わりは似ている。そして、相手を理解する努力と感謝の気持ちも、だ。

 何よりも「The Good Shufu」の魅力は全体に漂う暖かい雰囲気だ。

 TracyとToruは、若いカップルではないのに、青春小説の主人公たちよりずっとキュートだ。彼らの体験談は、よくあるロマンス小説よりずっとロマンチックで、ときに目が熱くなり、胸がキュンとする。

 妻を亡くして孤独になったToruの父親とTracyの関係もいい。日本人同士でなかったからこそ、互いの努力への「ありがたさ」を感じ、特別な嫁舅の関係ができたのかもしれない。

 家族との関わりを改めて考えさせてくれる本だ。

<*下の書影画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります。>

The Good Shufu:
Finding Love, Self, and Home on the Far Side of the World

Tracy Slater
G.P.Putnam's Sons

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任

ビジネス

ANAHD、今期18%の営業減益予想 売上高は過去

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官

ビジネス

中国、自動車下取りに補助金 需要喚起へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story