コラム

わさび田の清水を求めて 「日常の観察者」として今日も歩く

2020年11月12日(木)14時45分

撮影:内村コースケ

第22回 北松本駅 → 穂高駅
<令和の新時代を迎えた今、名実共に「戦後」が終わり、2020年代は新しい世代が新しい日本を築いていくことになるだろう。その新時代の幕開けを、飾らない日常を歩きながら体感したい。そう思って、東京の晴海埠頭から、新潟県糸魚川市の日本海を目指して歩き始めた。>

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「日本横断徒歩の旅」全行程の想定最短ルート :Googleマップより

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これまでの21回で実際に歩いてきたルート:YAMAP「軌跡マップ」より

◆「日常」を観察するジャーナリズム

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長野県松本市の街角。政治が変わっても日常風景は変わらない

今回は、長い第二次安倍政権が終焉を迎えた晩夏の旅の記録だ。執筆している今は秋が深まり、アメリカでは、4年間続いたトランプ政権が波乱を含みながらも終わろうとしている。この2ヶ月間で世界の政治的局面は激しいうねりを見せているが、僕がこうして歩き続けている旅の日常の風景は、季節の移ろいの中で変わらず穏やかに流れている。

政治は確かに、世の中を変える。しかし、世界は政治によって変わるのではなく、人の意識の変化が政治を変えるのだと僕は思っている。そして、衣食住を満たして生命活動を維持し、子孫を残すという地球上の生物に共通する根幹は、人間とて変わらない。人間の意識の変化は、生きていることを謳歌したいという、本能の範囲内で起きるものだ。

言い換えれば、指導者が保守系であろうとリベラル派であろうと、人間が地球の自然環境の一部であるという事実は揺るがない。人は生きるために食べて、住んで、着て、「生きている実感」を得るために文化的な活動をし、遊び、体を躍動させる。政治がそうした活動に影響を及ぼさないとは言わないが、それが日常をすっかり支配するまでには時間がかかる。戦争などの極端な負の変化は防がなければならないのは当然としても、極論的には「政治が世の中を動かす」というのは、幻想だと僕は思っている。政治が生命活動の根幹が支配する日常に影響を及ぼすのは、せいぜい日常を構成する衣食住や文化的活動のバランスにおいてであり、各々の本質までは変えない。

東京から日本海を目指して歩き繋いでいるこの旅は、既にスタートから1年半以上が経過している。当初予想もしなかった「コロナ禍」という要素によって、日常の中にも「マスク」「ソーシャルディスタンス」といったこれまでにない要素が入り、それがすっかり定着している。それでも、人々はマスクをしながら、根本的にはこれまでと変わらない日常を過ごしている。そして、僕は政治活動や政治批判を通じて社会にうねりを起こし、社会を変えようとするタイプのジャーナリストではない。緩やかな日常を眺めながら自分を含む人々の生きる喜び追求し、それが自然と社会の発展にゆるやかに結びつけば良いと思っている。「権力の監視役」がジャーナリストの典型的なラベルだが、それを横目に、僕のような「日常の観察者」たるジャーナリストがいても良いではないか。そして、それこそが、この「日本横断徒歩の旅」の中心的なメッセージである。

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この日、町角に並ぶ新聞には「安倍首相辞任」の見出しが踊った

◆大糸線に沿って安曇野へ

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北松本駅の先で線路が分岐。右は長野市方面に向かう篠ノ井線。左が我々のゴール、糸魚川に向かう大糸線

さて、今回は、松本の中心市街地を歩いた前回から繋いで、松本の郊外を抜けて安曇野のわさび田を潤す清流が湧き出るエリアを目指した。長野県の観光には、昭和の頃から「さわやか信州」というキャッチコピーが踊るが、僕の中では夏の安曇野や上高地がその最たるイメージである。

スタート地点の北松本駅から1日で歩けそうな距離を地図上で測ると、目標地点とするのにちょうど良いあたりに「安曇野わさび田湧水群」というスポットがあった。安曇野と言えば静岡に並ぶわさびの産地だが、わさびに不可欠な清流の源が、一大わさび田エリアの手前にあるのだ。厳しい残暑の中での歩きでもあるので、冷た〜い湧水を目指して歩くのは、大きなモチベーションになるだろう。

東京からのルート沿いに中央線・篠ノ井線とここまで伸びてきた線路は、北松本駅の先で2手に分かれる。篠ノ井線は北東の長野市方面へ、真北に進むのは大糸線となる。大糸線の「糸」は僕たちが目指している日本海沿岸の町、糸魚川の「糸」。つまり、ここから大糸線に沿って終点まで歩けば、この旅のゴールである。行程の3分の2近くまで来て、ついに日本海の潮騒がわずかに聞こえてきたような気がした。でも、まだまだ気が早い。今は目の前の安曇野に向けて集中しよう。

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安曇野インターの看板の先に、夏の終わりを告げる晩夏の入道雲が見えた

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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