コラム

日本の中心は諏訪にあり 「原日本」を求めて諏訪大社の秘密に迫る

2020年05月20日(水)12時30分

◆狩猟の神・上社本宮の特異な構造

7R401957.jpg

諏訪大社上社本宮参道より守屋山方面を望む。奥の山一帯が御神体と考えられる

御柱祭を華とする諏訪信仰は、縄文時代の自然信仰に端を発する。このことは、前々回<第16回 八ヶ岳山麓、諸星大二郎『暗黒神話』の地で縄文と諏訪信仰に触れる>で、八ヶ岳山麓の縄文遺跡を訪ねて強く実感したところだ。果たして、諏訪大社上社本宮の御神体は、境内の背後に広がる守屋山(もりやさん)という「山」である。しかし、天下の諏訪大社の御神体にしては、このあたりからよく見える八ヶ岳や南アルプスと比べても非常に地味な山だ。その守屋山、本宮の裏山のもうひとつ裏にあるので、実は本宮からも参道からもよく見えない。まあしかし、僕が思うに、今の世で守屋山と呼ばれている標高1631mの山だけでなく、本宮とその約1.5km南東にある前宮を繋ぐ守屋山を含む裏山一帯を、御神体と考えて良いのではないだろうか。

7R401988.jpg

諏訪大社上社正面の鳥居

7R401990-2.jpg

鳥居の先に立つ一之御柱

7R402114.jpg

諏訪大社上社の拝殿は、鳥居の方向から真っ直ぐ進んできた門(写真左)から、直角に曲がった先(同右奥)にある。拝殿の先には神長官・守矢家の居宅と前宮がある

いよいよ参道の突き当りにある鳥居をくぐり、上社本宮に入る。すぐに、境内の四隅を囲う御柱のうちの「一之柱」が出迎える。諏訪信仰的には、鳥居よりもこちらが宗教的な結界を形成する主役なのだろう。そう思いながら、そびえ立つモミの巨木を見上げた。

その先でも、「普通の神社とはちょっと違うな」という違和感のようなものを感じた。正面の鳥居をくぐって真っ直ぐ進むと拝殿があるのが一般的な神社の構造だ。そもそも、諏訪大社には、本殿と呼ばれる建物はない。古代の神社には社殿がなかったいう説もあり、諏訪大社は、今も上社は守屋山、下社は一位の木と杉の木を御神体として拝している。そのため、今の諏訪大社で人々が祈りを捧げるメインの建物は、単に「拝殿」と呼ばれている。しかも、その上社本宮の拝殿は、直角に左に曲がった先にある。どうも鳥居やここまで歩いてきた参道は、後からとってつけたような感があるのだ。拝殿に向かって拝んだ先には何があるのかというと、創建時より明治維新まで上社の神長官(神職のトップ)を務めてきた守矢氏の居宅、そして前宮である。御神体の守屋山と守矢家、どちらも読みは「もりや」。どうも諏訪信仰の秘密の核心は、一見メインっぽいこの本宮ではなく、守矢家と前宮にありそうだ。

7R402033.jpg

諏訪大社上社本宮の拝殿

それはそうと、縄文と言えば狩猟文化なわけだが、今も上社には狩猟の神の側面がある。仏教伝来・神仏習合の時代を経て、日本では長く肉食が忌避されてきたが、縄文狩猟文化の流れを汲む諏訪大社では、その間も神事としての狩猟が継続された。当時の一般庶民も全く肉食をしていなかったわけではなく、この諏訪地域のような山の民にとっては、鹿やイノシシ、ウサギ、キジといった野生動物の肉が貴重なタンパク源となってきた。そうした中、仏教的な「建前」と、縄文文化的な実生活をすり合わせる必要があったのだろう。諏訪大社では、「狩猟は獣を救う手段でもある」として、鹿肉を中心とした肉食を許す免罪符、「鹿食免」が頒布されてきた。現在でも手に入り、ベジタリアンではない地元民の僕も時々入手している。今回も、社務所に立ち寄って新しい鹿食免を求めた。

7R402106.jpg

「鹿食免」。肉食の免罪符らしく、箸もついている

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米失業保険継続受給件数、10月18日週に8月以来の

ワールド

中国過剰生産、解決策なければEU市場を保護=独財務

ビジネス

MSとエヌビディアが戦略提携、アンソロピックに大規

ビジネス

英中銀ピル氏、QEの国債保有「非常に低い水準」まで
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story