コラム

サイバー攻撃にミサイルで対抗──イスラエルはサイバー・ルビコン川を渡ったか

2019年05月10日(金)12時30分

サイバー攻撃への対抗措置

過去を振り返ってみれば、2012年に米国のメディアや政府が中国からと見られるサイバー攻撃を受けた際、米国政府は中国人民解放軍の関係者を指名手配し、被疑者不在のまま米国で訴追する措置をとった。

2014年末にソニーピクチャーズ・エンタテインメントがサイバー攻撃を受けた際、米国政府はすぐに北朝鮮政府に責任があるとアトリビューション(名指し)を行った。その後、北朝鮮のインターネットが一時不通になったため、米国が報復措置をとったのではと見られたが、米国国務省は「コメントしない」とした。事件によって北朝鮮と中国をつなぐ回線にアクセスが殺到したためではないかと見られているが、米国政府が行ったのか、民間のアクターによるものかははっきりしなかった。

2015年に米国の政府の人事局(OPM)から大量の個人情報が盗まれ、経済的なサイバースパイ活動も大規模に行われたことから、バラク・オバマ米大統領は、中国の習近平国家主席との首脳会談で詰め寄り、経済目的のサイバー攻撃を相互に行わないという合意を取り付けた。

2016年の米国大統領選挙でロシア政府が介入を行ったと判断すると、オバマ大統領は政治的制裁に踏み切り、スパイ活動を行っていたロシアの外交官を追放し、ロシア政府が使っていた米国内の拠点2カ所を没収した。

しかし、今回のようにサイバー攻撃への反撃として火力を直接的に短時間で用いたことはおそらくなかっただろう。仮にそういうことがあったとしても、政府や軍がそれを明言したことはなかった。その点が今回の事件は新しい。イスラエルは、サイバー攻撃に対して火力を用いて反撃する可能性があることを実力で示したことになる。

先例になるのか

はたして今回のイスラエルがとった措置は、今後、他国にとっての先例となるのだろうか。これまでも、サイバー攻撃に対して物理的な攻撃による反撃があることは否定されていなかった。「あらゆる措置をとる」とする政府が多く、サイバー攻撃にはサイバー攻撃で対抗しなければならないとする政府はほとんどない。そこには選択肢を残しておきたいとする気持ちが表れている。

日本では、2018年3月22日の衆議院安全保障委員会で当時の小野寺五典防衛相が、他国からサイバー攻撃を受けた場合、対抗手段としてサイバー攻撃をすることは可能とする認識を示していた(『日本経済新聞』2018年3月22日電子版)。これはサイバー攻撃にはサイバー攻撃で対応することができるという解釈である。

しかし、2019年4月25日の参議院外交防衛委員会で岩屋毅防衛相は、さらに踏み込んで、日本が外国からサイバー攻撃を受ければ自衛隊による防衛出動もあり得るとの認識を示した。「武力攻撃の排除のために必要な措置を取るのは当然だ。物理的手段を講ずることが排除されているわけではない」と述べた(『日本経済新聞』2019年4月26日)。

とはいえ、これは、サイバー攻撃が「武力攻撃」と認められるほど苛烈であることを前提としている。単にサーバーに不正侵入が行われて個人情報が抜かれたという程度では武力攻撃とはいえない。電力網が広範囲に停止させられたり、何かが爆発したり、あるいは非常に危険な事態になることが明白でない限り、自衛隊による防衛出動には至らない。

しかし、米国は座して待つことをよしとせず、「前方防衛」を国防総省が打ち出し、サイバー軍はすでに事前に徹底的なサイバー偵察活動を行って未然にサイバー攻撃を防ごうとしている(1月掲載のコラム「ファーウェイ問題の深淵:サイバースペースで前方展開する米国」)。

事前の偵察活動が必要

イスラエルの場合も、きわめて短時間でハマスのサイバー拠点を攻撃したということは、事前にその建物がハマスのサイバー攻撃の拠点であることをつかんでいたと見るべきだろう。サイバー攻撃のアトリビューションは一朝一夕にはできない。いくら攻撃が洗練されていなかったとしても、数時間の単位で一気にアトリビューションを行えるとは考えにくい。普段からイスラエル軍は各種のサイバー攻撃グループを特定し、監視下に置いていた。だからこそ素早い措置がとれたのだろう。

もはや陸、海、空、宇宙、サイバースペースは個別バラバラの作戦領域ではない。未来の戦争、あるいはすでに始まっている新たな戦争においては、それぞれの領域を横断ないし統合する形で作戦活動は行われる。サイバー軍が偵察活動を通じて得た情報を元に、空軍のドローンがミサイルを撃ち込むということが当たり前になるだろう。あるいは逆に、敵のミサイル・システムにサイバー攻撃を加えたり、人工衛星の通信をジャミングで妨害したりするということも行われる。

2018年12月に閣議決定された日本の新しい防衛計画の大綱は、多次元統合防衛力をキーワードにした。多次元統合とは陸、海、空、宇宙、サイバースペース、さらには電磁領域も加えた各種の作戦領域を統合するということである。そのためには組織も装備も運用方法も大きく変えていかなくてはならない。人員増加や予算増だけではない、質的な転換が必要になる。防衛計画の大綱は今後10年で目指すべきものを打ち出しているが、おそらく10年先にはもっと異なる紛争が見えているだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

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