コラム

ベルリンのコワーキングスペースが隆盛な理由

2021年12月28日(火)17時08分

過疎地域の廃校がコワーキングスペースとして再生される事例も増えている Daniel Seiffert(c)

<ドイツ・ベルリンのコワーキングスペース・ビジネスは、今や、ベルリンで最も収益性の高い産業のひとつに成長している......>

コワーキングスペースは減速していない

ハッカー組織の交流拠点にはじまるベルリンのコワーキング・シーンは、過去20年間で劇的に変化してきた。パンデミックで一時減速したかに見えたコワーキングスペース・ビジネスは、今や、ベルリンで最も収益性の高い産業のひとつに成長している。

現在、コロナが私たちの働き方を変えているが、ベルリンのコワーキングスペースの需要は衰えなかった。都市の中心市街地だけでなく、郊外に広がる森や湖畔にあるコワーキングスペースの需要が急増したのだ。

予想外の大企業もこの競争の激しい市場に参入している。ベルリンの大企業は、少なくとも一部の労働力をオフィスに戻すことを目指しているが、そのオフィスが彼らの自社ビルであるとは限らないのだ。

2019年の統計によれば、ベルリンには26万人のフリーランサーがいる。ベルリンでは、長年にわたりリモートワーカーのネットワークが形成され、独立した非営利団体から国際的なブランドが経営する約150のコワーキングスペースがある。ベルリンは、ロンドンとパリに次いで3番目に多いコワーキングの首都なのだ。

ベルリンは、自由を求める「アーティスティック・フリーランサー」と呼ばれる人たちが活躍する都市である。彼らは、ベンチャー企業を転々とし、サブカルチャーの魅力を味わいながら生計を立てている人たちだ。

テックブームによってコワーキングは急速に発展したが、コロナや在宅勤務へのシフトによって、その状況は変化した。かつては技術系のスタートアップ企業やクリエイティブな人々が利用していたコワーキングスペースは、パンデミックにおいても主流の仕事場となり、大手企業の従業員や投資家にも注目されている。

コワーキングスペースの歴史

近年、ベルリンではハイテクを駆使した自由人の象徴としてコワーキングスペースが流行してきたが、実はベルリンのコワーキングの歴史は1999年に遡る。クロイツベルクのルンゲ通りに、世界初のコワーキングスペースともいえるc-baseが誕生した。c-baseは、コンピュータのハードウェアとデータソフトウェアの新しい世界に関する知識を共有するために設立された「ハッカーズスペース」だ。

takemura20211228a.jpg

ベルリンのコワーキングスぺースの原点であるc-base.このハッカー組織から2006年、ドイツ海賊党が設立された。写真はドイツ海賊党(Piratepartei)の役員候補者選挙の模様

設立当時は異質な空間で、メンバーの間では「軌道上から墜落した古代の宇宙ステーションの残骸の中に作られた基地」という神話が語り継がれてきた。2002年には、ゲストに無料のWi-Fiを提供するようになり、2006年には「ドイツ海賊党」がここから設立された。

c-baseは知る人ぞ知るクラブだったが、今日多くの人がコワーキングスペースとして認識するようになったのは、2005年にローゼンターラー・プラッツにオープンしたザンクト・オーバーホルツ(St.Oberholz)であり、ラップトップ・フレンドリーなカフェの元祖だった。当時は、iPhoneもなく、Wi-Fiも目新しく、ノートパソコンは大きくて重く、リモートワークはフリーランサーにしか支持されていなかった。また、今と違って、カフェでコーヒーを買って、ノートパソコンを取り出して仕事をするというのは、当たり前のことではなかったのである。

takemura20211228c.jpg

St.Oberholz前での顧客の様子。CC BY-SA 3.0.Forstraßenfestival 2015 Publikum vor dem St. Oberholz

しかし、ザンクト・オーバーホルツは、カフェで仕事をすることがクールである最初のスペースとなり、仕事をコンセプトの一部とし、オフィスではないワークスペースを提供した最初のカフェだった。

ザンクト・オーバーホルツは、ベルリンで初めて、コワーキングやワーク・エブリウェアという言葉を広めた場所となった。その後10年間で、ゼーデニカー通りにも同様の空間を設置して拡張を続け、現在では15カ所のコワーキングやフレックスオフィスを展開している。また、Sparda-Bankやドイツ鉄道などの伝統的な企業に対して、自社のオフィス環境を再活性化するためのアドバイスも行っている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story