コラム

米朝首脳会談は「筋書きなきドラマ」なのか

2018年05月29日(火)16時45分

軟化した北朝鮮と第二回南北首脳会談

トランプ流の強気の交渉で、ようやく手にした米朝首脳会談のチャンスをフイにすることになった北朝鮮は、即座に金桂冠次官が声明を出し、「事態は、米朝の敵対関係の実情がどれほど深刻で、関係改善のための首脳会談がどれだけ切実に必要なのかを示している」「われわれは、アメリカ側に時間と機会を与え、いつ、いかなる方法でも向き合って問題を解決する用意がある」「一方的な核廃棄を迫ってきたアメリカの行き過ぎた言動への反発にすぎない」といった発言を重ねて、米朝首脳会談をなんとしてでも実現したい、という意思を明確に示した。

これに対し、トランプ大統領も、明示的に中止を撤回するとは言っていないが、北朝鮮との水面下での交渉は続けていることを確認し、5月28日にソン・キム在フィリピン大使を特使とする交渉団を北朝鮮に派遣して、首脳会談の中身についての議論を始めたと言われている(仮に6月12日に首脳会談が開催されるとしたら、2週間で議論を詰めなければならず、時間は限りなく少ないが)。

と同時に、5月26日に金正恩委員長が呼びかける形で文在寅大統領と2回目の首脳会談を行い、韓国を再び味方につけ、米朝首脳会談の実現に向けて協力を求めると同時に、中止していた南北閣僚級会談を6月1日に実施して、「板門店宣言」を履行するということを確認した。こうすることで北朝鮮は失いかけた主導権を回復し、韓国に対し、米朝首脳会談の後に停戦協定を平和体制に転換するための米朝韓の3者協議を行うことを提案して、4月27日の段階にまで状況を回復することを目指した。

まだトランプ大統領が明示的に首脳会談を元通り6月12日にするかどうかは言及しておらず、今後の事務方の折衝次第というところがあるため、事態は流動的ではあるが、米朝の駆け引きはひとまず落ち着き、両者とも首脳会談開催に前向きな状況で、韓国もそれを支持するという構図を取り戻した。

米朝首脳会談は「筋書きのないドラマ」なのか

現時点では、米朝首脳会談が行われるかどうか確定した状況ではないが、時期はともかく会談は開催されることになる可能性が高い。しかしながら、ここまで見てきたドラマはいずれも首脳会談を開催するかどうかを巡る「入り口」での駆け引きでしかない。具体的な「非核化」を実現するための交渉には全く入っておらず、アメリカが「リビア方式」を口にするだけで、北朝鮮は激しく反応しているように、両者の間での「非核化」のイメージは全く共有されていない。

既に見てきたように、アメリカも北朝鮮も米朝首脳会談を開催するところまでは共通したイメージを持っており、主導権を握るために互いに駆け引きは行うが、それでも最後のところでは首脳会談をやる、と言う点では合意は出来ている。なので、ここまでのやり取りはヒヤヒヤさせられるものの、いずれ首脳会談開催というところに落ち着くことはある程度「筋書き」があり、落としどころに向かって展開されるドラマであった。

しかし「筋書きのないドラマ」はこれからである。大きく隔たっている「非核化」のイメージを共有することは極めて難しく、北朝鮮とアメリカは互いに歩み寄り、妥協点を探ることを強いられるであろう。ただ、イラン核合意から離脱し、ボルトン補佐官など強硬な姿勢をとるスタッフが周りにいて、中間選挙で悪いイメージを作りたくないトランプ大統領は、そう易々と交渉のポジションを動かすことは出来ない。また金正恩委員長にしても、自らの体制を維持し、これまであらゆることを犠牲にして獲得した核兵器とその開発能力を易々と破棄するわけにはいかない。

この状態で何らかの合意を成立させるとすれば、(1)非常に曖昧な文言で「非核化」を定義しないまま、それを目標とすることを合意した、と宣言するに留める(いわゆるagree to disagree)、(2)北朝鮮がアメリカとの国交正常化や平和体制を諦め、核兵器にすがって自らの体制を維持することを選択して決裂する、(3)アメリカが大幅な譲歩をして北朝鮮の段階的な非核化を認め、長期的な時間軸で核兵器の縮減(廃棄に至らない)をする(イラン核合意と類似した方式)、(4)何らかの奇跡によって米朝の間で強力な信頼関係が生まれ、北朝鮮は短期間での核廃棄を認め、アメリカは北朝鮮の体制保証を約束して在韓米軍を撤退させるなどして朝鮮半島の平和体制を構築する、という選択肢があるだろう。

しかし、現状ではいずれの選択肢も落としどころとは考えにくく、ゆえに「筋書き」を読むことができない。現在進められている予備交渉の段階でも、こうした「非核化」を巡る違いは顕著に出てくるであろうし、場合によってはそこで決裂する可能性もある。その意味では、首脳会談の開催を双方が求めていたとしても、「筋書き」通りには事が運ばない可能性も十分に残っている。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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