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エプスタイン事件

エプスタイン問題が明らかにした、エリートの不都合な真実を闇に葬り去る「3つの防壁」とは?

The “Epstein Class”

2026年3月3日(火)17時20分
ダリア・ナミアン (オタワ大学教授・社会学)
エプスタインのマグショット

エプスタインは超エリート男性の幅広いネットワークを築いていた AP/AFLO

<エプスタイン事件の核心は異常な個人ではなく、特権維持の利害で結び付くエリート層の同盟関係にある>

ジェフリー・エプスタインの事件は特異なスキャンダルではない。「#Me Too(私も)」運動が告発してきたセクハラ問題と同様、権力の座にある男たちによる広範な暴力の延長線上にある出来事だ。背景には、「彼らなら許される」という根強い免責の文化がある。

【動画】エプスタイン島の邸宅内部

エプスタイン文書で明るみに出たのは、性犯罪の事実だけではない。資本、名声、影響力、依存関係が絡み合い、自由に循環するエリート社会の実像でもある。


「エプスタイン階級」という言い方は、その構造を可視化する助けになる。だが同時に、問題を1人の狡猾な人物に帰し、個人の逸脱として片付けてしまう危うさもはらむ。事件の核心は、異常な個人の存在ではない。莫大な富と男性支配が結び付いた社会秩序が、当たり前のものとして受け入れられていることにある。

私は著書『挑発の社会──富裕層の卑俗に関する試論』で、この秩序は政財界エリートの長期的な同盟関係に根差していると論じた。彼らを結び付けているのは、特権を守るという共通の利害である。

この階級の権力を支えているのが、「取り込み」「隔絶化」「無効化」という3つの社会的メカニズムだ。

『挑発の社会──富裕層の卑俗に関する試論(La société de provocation: essai sur l’obscénité des riches)』

筆者の著書『挑発の社会──富裕層の卑俗に関する試論(La société de provocation: essai sur l’obscénité des riches)』(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

独自のルールで生きる

「取り込み」とは、権力構造の頂点にある男性同士のネットワークを指す。忠誠と沈黙、相互保護という不文律に支えられた閉鎖的な世界だ。カナダの作家マルティーヌ・デルボーは、これを「ボーイズクラブ」と呼ぶ。

エプスタイン文書には、政治指導者、王族、トレーダー、テック起業家、科学者、セレブなど、世界でも屈指の富と影響力を持つ人物の名前が並ぶ。このネットワークの強みは、単に資産が多いことではない。地位を人脈や影響力といった社会関係資本へ自在に転換できる点にある。

The ongoing investigation of former Prince Andrew proves that NO ONE is above the law.

Governments around the world are holding their leaders accountable - the American people and survivors of Jeffrey Epstein's horrific crimes deserve the same transparency.

www.nbcnews.com/world/united...

[image or embed]

— Senator Jacky Rosen (@rosen.senate.gov) 2026年2月24日 2:15
「エプスタイン疑惑で名前の出てきた者たちは誰も法の下にはいないのか」(ジャッキー・ローゼン米上院議員のSNS投稿)

たとえ飛び抜けた資産家でなくても、メンバーは強固なコネクションを持ち、専門知識や意思決定の内部情報にアクセスできる。国境を越えて機能するこの社会関係資本は、機密情報の共有、税の最適化や回避、影響力のある専門家への接触、排他的な社交空間への参加などに戦略的な形で使われる。

この仕組みの中で、女性は取引や地位の誇示、快楽の対象として扱われる。また、権力集団への取り込みは、政治的特権だけでなく性的な特権意識を内面化する機能を持つ。

このネットワークをさらに強めるのが、エリートの「隔絶化」だ。最も裕福な者たちは、共通の規範や社会的制約から切り離された空間へ退き、独自のルールの下で生きる。

エプスタイン文書は、国境を越えて移動する超上流層の存在を浮かび上がらせた。彼らは社会的・財政的・政治的責務が最小限で済む飛び地に拠点を築く。私有島、塀に囲まれたコミュニティー、オフショア租税制度、大都市の排他的空間、複数の邸宅──。

最近は「エプスタイン島」と呼ばれるリトル・セント・ジェームズ島は、その象徴だ。米領バージン諸島にあるこの私有島には、ヘリポートや人目を避けた別荘が設けられている。複数の証言では、ここが性的搾取の場になっていた。

エプスタイン島

米領バージン諸島にある「エプスタイン島」は性的搾取の場になったとみられている AP/AFLO

彼らは私的空間に退くだけでなく、歴史的に公共のものだった空間をも権力誇示の舞台に変える。アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスがイタリアのベネチアで挙げた豪奢な結婚式は、その象徴的な例だ。

隔絶化はまた、エリートが民主的な生活から社会的・政治的に距離を置くことも意味する。国際NGOオックスファムが指摘するように、ドナルド・トランプやイーロン・マスクら、権威主義的、自由至上主義的、そして保守的な運動と結び付く人物たちがこうした流れを支えている側面もある。

政治とメディアの結託

エプスタイン事件は、反対の声がどのように「無効化」されるかも示した。告発や捜査が繰り返されながら、処罰されたのはごく一部にとどまった。被害者を守る制度は十分に機能しなかった。ここに、おなじみの非対称性が見て取れる。社会が不平等であるほど、「正義」はエリートを守る装置として機能するのだ。

無効化はまず、制度へのアクセスの不平等に支えられている。大手法律事務所、影響力のあるネットワーク、PR企業、評判管理産業が秘密裏の和解を進め、手続きを長引かせ、被害者を消耗させる。

さらにそれを後押しするのが、政治権力とメディア権力の結び付きだ。アメリカでは、マスクやベゾス、そしてフェイスブックなどを傘下に持つメタのCEOマーク・ザッカーバーグらが関与するメディアやデジタル・プラットフォームが、経済的・規制上の利益と引き換えにトランプの路線に歩調を合わせる傾向を強めている。資金提供、買収、影響力の行使を通じて、公共の議論や批判の幅は徐々に狭められていく。

取り込み、隔絶化、無効化。この3つが重なり合うことで、階級権力は1人の人物をはるかに超える力を持つ。それは略奪的な富の蓄積を支え、経済的暴力と性的暴力が互いを強化し合う構造を維持する。少数のエリートは特権を享受し、規範を破っても責任を問われない。

一方で、被害者は沈黙を強いられる。法律、メディア、政治が絡み合った防護網の中で、声を上げても真に届くことはない。

エプスタイン事件が浮き彫りにしたのは、民主的社会の基盤そのものを脅かす階級の存在だ。

The Conversation

Dahlia Namian, Sociologue et professeure à l'École de service social de l'Université d'Ottawa, L'Université d'Ottawa/University of Ottawa

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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