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プレイバック昭和100年――戦争から平和の時代へ、昭和が残した遺産とは?【note限定公開記事】

Showa for Our Time

2025年8月8日(金)17時34分
キャロル・グラック(米コロンビア大学名誉教授・歴史学)
1964年東京オリンピック開会式で、最終聖火ランナー坂井義則が国立競技場の聖火台に駆け上がる様子

昭和39年(1964年)の東京五輪開催に合わせて、首都高速や新幹線といった交通インフラが急ピッチで整備された MONDADORI/GETTY IMAGES

<昭和が始まって100年。戦争の暗さと繁栄の輝き、そのすべてが今の日本を形づくった。節目の今年、私たちはその物語から何を学び、何を未来へ託すのだろうか>

今年は、1926年12月に「昭和」へと元号が変わって100年目、つまり「昭和100年」に当たる。軍国主義に始まる昭和の時代は、敗戦、高度経済成長と劇的な変化を経験し、現代日本の礎を形成した。

米コロンビア大学のキャロル・グラック名誉教授(歴史学)の寄稿と、過去の本誌米国版記事を通して、激動の昭和を振り返る。

歴史家が「予測不能な過去」について語るのは、事実が動き回るからではない。歴史の見方が時代とともに変化するからだ。私たちは記憶したい部分を選び、それらをつなぎ合わせて物語を構成し、残りは切り捨てる。

昭和100年を迎えた現在の昭和のイメージも、数ある昭和の最新の1つにすぎず、それぞれの昭和はその時代のリズムに合わせて語られてきた。

100年前に始まった当初、「昭和」は「令和」と同じように風格のある名前でしかなく、特定のアイデンティティーを持つわけでもなかった。

ある文筆家が言うように「昭和の曙(あけぼの)の薄明の中で、日本人はたれもまだ手さぐりの状態」で、その不確実性を和らげるような確かな何かを見いだそうとすることもなかった。

1935年の「昭和10年」は、経済(恐慌)と政治(31年の満州事変以降の非常時における国家統制の強化)の両面で危機下にあると認識されていたが、昭和という時代を形づくっているという感覚はなかった。

「昭和20年」の節目は、1945年の敗戦によって一瞬でかき消された。「戦後」という新たな年代区分が始まり、改革と「新生」の到来を祝福して、「戦前」は否定的な対極として生まれた。

その後の30年間、世間の関心を集めたのはもっぱら戦後の周年だったが、1975年に「昭和50年」を迎えると昭和史ブームが巻き起こった。

「光と闇の50年」の物語が語られるようになり、戦前・戦中の暗い昭和と戦後の明るい昭和の対比という「2つの昭和」の物語が確立された。

時代が再び変わったのだ。つまり、戦後30年間それ自体が歴史となり、高度成長の輝きで満たされた。通常、ある過去の輪郭がより明確に見えてくるのは、それが終わったときだ。

1973年の第1次オイルショックを経て高度成長が終焉を迎えたように見えたことで、戦後昭和の繁栄が祝福の物語として語られるようになったのも不思議ではなかった。

1989年に昭和の時代が終わりを告げ、「激動の昭和」の歴史や回想がメディアにあふれた。そこでは2つの昭和の物語が語り継がれていたが、まだ崩壊していなかったバブル経済の強烈さも反映されていた。

昭和天皇が死去する前から準備されていたテレビのドキュメンタリー番組の典型的な構成は、1945年で第1部を締めくくり、過去の暗黒の日本が終わって未来の明るい日本が始まると言わんばかりに、改革と復興、民主主義と繁栄、平和とグローバルな経済大国を称賛した。

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軍国の時代 昭和7年(1932年)、白馬にまたがり日本軍の訓練を視察する昭和天皇 ULLSTEIN BILD/GETTY IMAGES

戦前と戦時の物語は政治史が主導したが、戦後の昭和は、生活水準が向上し続ける年代記として展開された。国家ではなく生活の物語であり、公的な犠牲ではなく私的な消費の物語だった。

もちろん、戦前の暗がりにも光があり、戦後の明るさにも影はあったが、全体として、国民の誇りの高まりとともに、昭和の後半はそれ以前よりいっそう明るく見えた。

1990年代後半に盛り上がった昭和ノスタルジアは、食卓から見た中流階級の戦後史の視点を映していたが、それを誇りに思うというより懐かしさが強かった。平成不況のポップカルチャーが注目したのは、バブル資本主義ではなく、昭和30年代の質素だが素朴な消費の「古き良き時代」だった。

『ALWAYS 三丁目の夕日』のような映画や、大分県豊後高田市の「昭和の町」や新しくできた「お台場レトロミュージアム」では、年代物の電気釜や小さな画面の白黒テレビが人々を魅了し、田舎のふるさとではなく大都市の東京タワーが賛美された。

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高度成長期に一気に普及したカラーテレビを品定めする人々 CLAUDE JACOBYーULLSTEIN BILD/GETTY IMAGES

ノスタルジアは時代とともに姿を変えるものであり、いま過去として懐かしむ昭和には1960年代から80年代も含まれる。しかし、ウォークマン、カップヌードル、ウォシュレットがバックミラーに映るこんにちの昭和ノスタルジアも、2つの昭和という物語の構造を揺るがすことはない。

世論調査によれば、昭和を経験していない世代を含む全ての年齢層の日本人が、今なお昭和を高度成長と結び付けている。

内閣官房の「昭和100年」関連施策推進室は、昭和の時代は「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない」という誓いの下で平和を希求する道を歩んだ、と述べている。戦後の昭和は、復興、繁栄、経済力、国際的な地位をもたらした。

令和の日本人は「昭和の先人たちが築いた『豊かさ』の土台に立ち、その叡智(えいち)と努力に」学ぶことができる。この物語に新しさはなく、予定されている記念行事のリストを見ても大きな盛り上がりはなさそうだ。

2018年の明治維新150周年が意外なほど話題にならなかったことを考えれば、英雄的な要素がはるかに少ない昭和100年が、ノスタルジアを超えて人々の関心を引き付けるかどうかは疑わしい。

この生ぬるい反応の理由は、昭和の後半の物語で重視される部分が戦後と重なるからだろう。戦後は周年記念としても人々の意識の中でも、強い存在感を放ち続けている。

「戦後50年」の1995年に、ある新聞が「戦後日本、84%が肯定」という見出しを掲げた。2014年の世論調査では全ての年齢層の87%が、戦後の最も重要な価値として「戦争のない平和な社会」を挙げ、57%が「経済的に豊かな社会」を挙げた。

戦後とは、平和と繁栄を意味しているわけだ。それは日本人の多くが守りたいと願うものであり、日本の「戦後」がこれほど長く続いた理由でもある。

その真の社会的意義に比べれば、昭和の物語が語るイメージも色あせて見えるが、それは残念なことでもある。なぜなら昭和100年という節目は、昭和の遺産を改めて振り返り、昭和の時代とその後の30年でそれがどのくらい変わったのかを問い直す貴重な機会なのだから。

昭和時代の4つの遺産

戦後昭和への持続的な関心の中に、長年議論されてきた遺産がある。その1つが戦争の記憶だ。1970年代半ばまで多くの人が、戦後の昭和を、高度成長ではなく、指導者によって巻き込まれた破滅的な戦争と結び付けていた。

被害者意識と言及されることも多いこの記憶は、真珠湾攻撃から広島・長崎に至る太平洋戦争に関連するものであり、原爆が、戦後の日本に平和を追求するという使命を与えた。


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