「息ができない」ジョージ・フロイド事件から5年...「企業も社会も沈黙へ」立ち止まるアメリカの人種正義

5月25日、 シャリードゥー・マクギーさんは従兄弟のジョージ・フロイドさんが警察に殺害された事件の記憶を後世に伝えるために闘っている。写真は23日、フロイドさんが殺害された現場に花を手向ける人々(2205年 ロイター/Leah Millis)
シャリードゥー・マクギーさんは、従兄弟のジョージ・フロイドさんが警察に殺害された事件の記憶を後世に伝えるために闘っている。
黒人のフロイドさんが2020年5月、警察官に数分間にわたり首を押さえられ、「息ができない」とあえいで亡くなった事件の際、世界中で数百万人の人々が抗議デモを行った。
「息ができない」は警察の責任を追及し、人種的正義を求める合言葉となった。企業は体系的な差別に対処するために多額の資金拠出を約束。そして構造的な人種差別を巡る議論が脚光を浴びた。
しかし、フロイドさん殺害からちょうど5年が経過した今、米国では人種的平等の取り組みに対する支持が劇的に反転している。米企業と政府の約束は後退、または撤回された。トランプ米政権は「多様性、公平性、包摂(DEI)」に関する政策やプログラムを攻撃している。こうした後退はトランプ氏が2期目の大統領に就任する前から始まっていた。
フロイドさん殺害は「究極の犠牲だった。この事件から人々が学ぶ機会を作らなければ、この大きな損失を受けて変化を起こさないなら、犠牲は無駄になる。彼の死は無駄だったことになる」。 従兄弟のマギーさん氏は22日、フロイドさんをしのぶイベントで訴えた。
人種的正義の実現を訴える人々は、大きな改革こそ実現していないが全国的な動きは続いていると語る。しかし同時に、その道のりは険しく、多様性推進や公民権に対する激しい反発に遇っていると認める。
専門家は、こうした運動が反動の時期を迎えるのは過去にも繰り返されてきたことだと言う。米国史を振り返ると、公民権運動後を含む多くの時期に、状況がある程度進展した後の「人種疲れ」が見られた。