最新記事
中東

イスラエル・ガザ侵攻に次なる展開、ヒズボラとレバノン国境地帯で「全面戦争」が開始か?

Fears of a Full-Blown War

2024年6月26日(水)14時28分
サイモン・メーボン(英ランカスター大学国際政治学教授)
次はヒズボラとの全面戦争──QA形式バージョン

イスラエル北部でヒズボラのミサイルの直撃によって倒壊した民家(24年6月19日) KOBI WOLFーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

<国際社会におけるイスラエルに対する批判が高まるなかで、さらなる戦争拡大を防ぐべくアメリカは事態の沈静化に努めるが...。果たしてイスラエルは同時に2つの前線で戦えるのか>

イスラエル軍は隣国レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラに対する大規模な攻撃作戦を承認したと伝えられる。その先にあるのは新たな全面戦争か。

昨年10月7日にパレスチナのイスラム組織ハマスが仕掛けた越境攻撃を機にパレスチナ自治区ガザでの全面戦争が始まって以来、レバノンとの国境地帯ではイスラエル軍とヒズボラの小競り合いが続いているが、ここへきて一気に緊迫の度が増してきた。


ヒズボラは6月18日、イスラエル北部の港湾都市ハイファを含む軍事・民間インフラをドローンで撮影した9分間の挑発的な動画を公開した。するとイスラエルのイスラエル・カッツ外相は、「ヒズボラとレバノンに対する従前のルールを変更する時が迫っている」と警告した。

どう変わるのか。中東情勢を専門に研究する筆者が、事態の論点を整理した。

◇ ◇ ◇


──現状はどのくらい危険か

イスラエルとレバノンの国境地帯では何カ月も前から、イスラエル軍とヒズボラ双方による越境攻撃が常態化している。昨年10月7日以来、両者の本格的な衝突を危惧する声はあったが、今までは散発的な交戦にとどまっていた。

しかし、それでも既にレバノン側で400人以上、イスラエル側でも25人が死亡した。避難を強いられた住民は双方で推定15万人とされる。

1982年のヒズボラ結成以来、両者間ではずっと小競り合いが続いてきた。これまでで最も大きかったのは2006年の武力衝突だ(いわゆる「レバノン侵攻」)。

捕虜交換を目的として国境付近でイスラエル兵2人を拉致したヒズボラを、イスラエルは殲滅すると宣言してレバノン領に攻め込んだ。現在進行形の対ハマス戦と同じ構図だ。

もう20年近く前のことなのに、その記憶は冷めていない。当時レバノンは壊滅的な打撃を受けた。復興には100億ドル以上かかり、その資金は主にサウジアラビアやイランなどから提供された。

しかしその後、地政学的な状況は大きく変化した。再び地上戦となっても、復興資金の調達は以前に比べてはるかに難しいだろう。その一方で人命の損失は甚大だ。なにしろレバノンの都市部には人口が密集している。

イスラエル北部ハイファの住民はヒズボラの、レバノン南部の住民はイスラエル軍の攻撃を恐れている。現状は軍事上の標的に限られているが、レバノン南部では市民生活に影響が及んでいる。農地が破壊されて避難民が増え、もともと不安定な社会経済状況が一段と悪化している。

ヒズボラは高度な兵器を保有しているという。その多くはイランとロシアから供給されたものだ。ロケット弾100万発以上、対戦車兵器、自爆ドローン、各種のミサイルもある。

もちろん軍事力ではイスラエルが圧倒的に有利だが、政治的、戦略的、宗教的な制約に縛られている。ヒズボラの脅威にどう対処すべきなのか、国民も政治家も意見がまとまっていない。

イスラエルではベニー・ガンツ前国防相が連立政権から離脱し、挙国一致の戦時内閣が崩壊した。首相のベンヤミン・ネタニヤフは難しい綱渡りを強いられており、即刻辞任して総選挙をという圧力も高まっている。

──イスラエルには2つの前線、ヨルダン川西岸を含めると3つの前線で同時に戦争を行う余裕があるのか

2方面で同時に戦争をやる能力がイスラエルにあるかどうかは大いに疑問だ。ヨルダン川西岸での暴力の増大は、イスラエルの治安部隊にとって頭の痛い問題だ。

昨年10月のハマスによる越境攻撃を防げなかったことでも、彼らは非難を浴びている。一方で軍隊の立場も苦しい。ガザ地区での戦争で4万人近い住民を殺し、それでもハマスを壊滅できずにいるからだ。

ヨルダン川西岸には約300万のパレスチナ人が住んでおり、パレスチナ自治政府がある程度の支配権を行使しているが、安全保障に関するあらゆる事柄の最終決定権はイスラエルにある。

しかもそこには70万弱のイスラエル人入植者がいて、日常的にパレスチナ人に対する暴力を振るっている。国際法上、彼らは違法な存在と見なされるのだが、彼らを守っているのはイスラエルの軍隊だ。

入植地とパレスチナ人の集落を分離し、一帯の治安を維持し、イスラエル領に通じる交通路の安全を確保するために軍隊が駐留している。

あそこの情勢に変化が生じれば、イスラエル軍にとってもパレスチナ自治政府にとっても深刻な問題となる。イスラエルの内政上の混乱も一段と悪化するだろう。

──イスラエルがヒズボラに対して大規模な攻撃を開始した場合、国際的な支援はどの程度期待できるか

ネタニヤフは長年、イランを国家の存亡に関わる脅威と位置付けることでアメリカ政府の支持を取り付けてきた。だが、当初は揺るぎない支持を表明していた米バイデン政権も、イスラエルのガザ攻撃に対する国内外の批判の高まりに直面し、その姿勢に揺らぎが見え始めている。

イスラエル政府高官は、いざとなれば単独でも行動すると繰り返し述べてきた。しかしガザ地区での悲惨な戦争と膨大な死者数に対して国際社会の批判が高まるなか、同盟国の支持は揺らぎつつある。

国連における一連の決議は、イスラエルの行為に対する怒りの高まりを示しており、国際機関はパレスチナ人の苦しみを終わらせるための法的手段を模索している。

アメリカはレバノンに特使を送り、事態の沈静化に努めている。ヒズボラとイランの関係は深く、欧米諸国の多くはヒズボラをテロ組織に指定している。

だがヒズボラはレバノンの政治と経済で中心的な役割を果たしている。イスラエルとの戦争になれば、レバノンの内政は一段と不安定化し、経済状況はますます悪化し、都市部にも農村部にも破滅的な影響が及ぶだろう。

今の状況は暗く、全く予断を許さない。しかし中東地域で新たな紛争が起きることを望む人はほとんどいない。これ以上の破壊と人命の喪失は誰も望まない。

The Conversation

Simon Mabon,Professor of International Relations,Lancaster University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 ガザの叫びを聞け
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月2日号(11月26日発売)は「ガザの叫びを聞け」特集。「天井なき監獄」を生きる若者たちがつづった10年の記録[PLUS]強硬中国のトリセツ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国は競争相手にシフト、欧州は内需拡大重視すべき=

ビジネス

米経済活動、ほぼ変化なし 雇用減速・物価は緩やかに

ビジネス

米国株式市場=4日続伸、ダウ314ドル高 利下げ観

ワールド

トランプ氏、南アフリカを来年のG20サミットに招待
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中