最新記事

ウクライナ

【現地ルポ】「生き残りをかけた冬」...砲撃と酷寒を耐え忍ぶウクライナ最前線の生活

SURVIVING THE WINTER

2022年12月15日(木)18時30分
尾崎孝史(映像制作者、写真家)

ストーブのアフターケアも重要だ。この日も煙突代わりのスチールパイプを搬入し、住民と共に調整に当たった。そして隣の町へ向かおうとしていた矢先、グレイポーレのど真ん中で砲撃に遭遇。ハンドルを握っていたアルシニーは幹線道路のシェフチェンカ通りに着いたところで、ザポリッジャへ向かういつもの左方向ではなく、右に折れた。身を隠せる頑丈な建物が並んでいたからだ。

雪に閉ざされてしまう不安

その時さらに砲撃音が響き、メンバーたちは「止まれ! 止まれ!」と声を上げた。そして、郵便局が入るレンガ造りのビルへと走り寄った。砲撃の衝撃で割れた窓ガラスが破片になって飛び散り、靴の裏で「ガシャ、ガシャ」と音がする。身をかがめながらマキシムが言った。

「グラートに追いかけられたな」

グラートとはロシア語で雹(ひょう)のことだ。60年ほど前、旧ソ連で開発された連射式長距離ロケット砲に命名された。40発のロケットを20秒で発射することが可能で、目標物に向かって雹のように次々と落ちてくる。

221220p42_UNA_02.jpg

ヒーターを配給するマキシム(中央、11月8日、オリエホブ) TAKASHI OZAKI

ボランティアのメンバーは、ロシア軍の偵察用ドローンの音を何度か聞いている。10月には、支援物資の荷下ろしを終えたときに砲撃を受けたこともあった。民間施設への無差別攻撃を続けるロシア軍は、人道支援活動をも標的にし始めたのだ。

グラートの再装填には10分ほどかかるという。ビルの壁に身を潜めていたメンバーは、アルシニーの「レッツゴー」という合図をきっかけに車に飛び乗った。彼は支援物資を積んだままの車をフルアクセルでぶっとばす。車窓越しに2カ所、後方と左前方に砲撃を受けた建物から立ち上る煙が見えた。

その後、彼らは隣町でガスボンベと食料を配布した。ボンベを設置した集合住宅の老婆は、ロシア軍の攻撃から逃れる最中に股関節など3カ所を骨折する大けがをしたという。夫は右手に包帯を巻いていた。

部屋に入った私たちに、「寒いからドアを閉めて」と彼女は言う。階段部分の窓は砲撃で壊され、4階の部屋に容赦なく風が吹き込む。周囲に残る住民は少なく、商店も休業している。ブチャやイジューム、ヘルソンなどロシア軍から解放された町については大きく伝えられるが、膠着状態の前線に大手メディアが入ることは少ない。このまま真冬を迎え、雪に閉ざされてしまったら彼らはどうなるのかと不安になる。

翌日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はザポリッジャの隣の州にあるヘルソンからの撤退を発表した。ロシア軍はウクライナ南東部での軍備再編に舵を切った。

221220p42_UNA_03.jpg

地下室に避難する住民(11月8日、グレイポーレ) TAKASHI OZAKI

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ロシア高官、ルーブル高が及ぼす影響や課題を警告

ワールド

ゼレンスキー氏、和平協議「幾分楽観視」 容易な決断

ワールド

プーチン大統領、経済の一部セクター減産に不満 均衡

ワールド

プーチン氏、米特使と和平案巡り会談 欧州に「戦う準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止まらない
  • 4
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 5
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 6
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中