最新記事
安全保障

「いちゃついてもいいが、結婚は許さん」──「永世中立国」に悩むスイス

FLIRTS WITH NATO

2022年6月3日(金)12時53分
カロリーヌ・デ・フラウター(フォーリン・ポリシー誌コラムニスト)
スイス兵

新たな戦略的提携と中立政策の両立は可能か SEAN GALLUP/GETTY IMAGES

<NATO加盟は安全保障にただ乗り? それとも「生命保険」? 国内の賛成はいまだ33%も、議論されること自体が革命的。ついに目を覚ましたスイス>

「いちゃつくのは構わないが、結婚は認めない」

スイスの有力な軍人協会のシュテファン・ホーレンシュタイン会長は先日、スイスとNATOとの関係についてそう述べた。ウクライナ戦争を踏まえてNATOとの連携を深めるべきだが、加盟はするなというわけだ。

ヨーロッパの中心に位置するスイスはNATOにもEUにも加盟しておらず、国連には2002年にようやく加盟した。憲法で厳格な中立政策を掲げ、周辺のNATO諸国との合同軍事演習にも少数の将校を派遣するだけだ。

しかし、今、スイスの政界とメディアは中立問題で沸き立っている。スイスの人々はNATO諸国に囲まれていれば自分たちも守られるという考えに慣れ切っていると、リベラル派の国会議員ダミエン・コティエはル・タン紙で指摘する。

「危険な幻想だ。ヨーロッパの安全保障にただ乗りするべきではない」

やはり軍事的中立を守ってきたフィンランドとスウェーデンは、既にNATO加盟を申請した。NATO加盟国のデンマークでも、EU加盟の際に防衛協力を留保した従来の方針を覆すべく、6月に行われる国民投票でEUの共通安全保障・防衛政策への参加の是非を問う。

これらの北欧諸国は「生命保険は1つより2つ入っておいたほうがいい」と考えるに至ったと、安全保障のある専門家は匿名で語る。

スイスはロシアから地理的に遠く離れており、北欧に比べて危険度ははるかに低い。しかし、スイスもまた、西側の相互安全保障のシステムに確実に組み込まれる必要性を感じている。欧州の戦略的提携は変化しており、20世紀のヨーロッパから続く地域一帯の軍事的中立性は、急速に過去のものになりつつあるようだ。

NATO加盟については、スイス国内の賛成は33%にすぎない。しかしここ数週間、NATOとの協力関係の強化を望む声は高まっている。

揺らぐアイデンティティー

もっとも、実際にNATO加盟にまでは踏み込まないだろう。中立政策の下では、相互防衛条項のある軍事同盟には加盟できない。中立は憲法に定められているだけでなく、スイスの自己認識の本質でもある。

フランスやドイツなどの国は、言語や宗教、共通の歴史が国民のナショナルアイデンティティーを形成してきた。一方で、スイスには4つの公用語と複数の宗教があり、地方分権が強く根付いている(州によって祝日や法執行機関、公教育などが異なる)。連邦制、中立性、直接民主制が、スイスのアイデンティティーを形成しているのだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:好調スタートの米年末商戦、水面下で消費揺

ワールド

トルコ、ロ・ウにエネインフラの安全確保要請 黒海で

ワールド

マクロン氏、中国主席と会談 地政学・貿易・環境で協

ワールド

トルコ、ロシア産ガス契約を1年延長 対米投資も検討
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中