最新記事

欧州

「永世中立」のスイスがNATOに急接近 ウクライナ危機で揺らぐ国是

2022年5月17日(火)18時17分
ベルンの連邦議事堂にたなびくスイス国旗

スイスの代名詞となっている永世中立という外交政策が、過去数十年間で最大の試練に直面している。写真はスイスの国旗。ベルンの連邦議事堂で2018年12月撮影(2022年 ロイター/Denis Balibouse)

スイスの代名詞となっている永世中立という外交政策が、過去数十年間で最大の試練に直面している。ロシアウクライナ侵攻を受け、スイス国防省が北大西洋条約機構(NATO)との距離を縮めようとしているからだ。

国防省の安全保障政策責任者、パエルビ・プッリ氏はロイターのインタビューで、NATO加盟国との合同軍事演習や武器弾薬の「補充」などを含め、スイスが今後採択すべき安保政策に関する選択肢を提示する報告書を策定しているところだと語った。こうした議論が行われていることは、今回のインタビューで初めて明らかになった。

プッリ氏は「最終的には中立の解釈方法に変化が生じる可能性がある」と発言。スイスのメディアによると、アムヘルト国防相も今週の米ワシントン訪問に際して、スイスはNATOに加盟しないが、より緊密な関係を築いていくべきだとの考えを明らかにした。

スイスは中立を貫くことで、第1次世界大戦と第2次世界大戦に巻き込まれずに済んだ。しかし、中立政策はそれ自体が目的ではなく、スイスの安全保障強化が狙いだとプッリ氏は主張。スイス、NATO両軍司令部や政治家間のハイレベル定期会合開催も選択肢の1つだと付け加えた。

中立政策の支持者らは、この方針のおかげでスイスは平和的な繁栄を享受し、東西冷戦下などで国際紛争の仲介者という特別な役割を果たすことができたと唱えている。NATOとの連携に大きく踏み出せば、こうした慎重に育んできた外交政策と一線を画することになる。

折しも同じく中立政策を掲げてきたフィンランドとスウェーデンは、NATO加盟に乗り出そうとしている。プッリ氏は、スイスでもNATO正式加盟問題は議論されてきたと認めつつ、報告書が加盟を推奨する公算は乏しいとの見通しを示した。

報告書は9月末までにまとめられ、内閣の検討を経て議会に提出され、将来の安保政策を巡る審議のたたき台となる。この報告書が採決にかけられるわけではない。

スイス外務省は、経済制裁や武器弾薬輸出、NATOとの関係などの問題を幅広く調査する準備を進めており、国防省はこの調査にも協力することになる。

議論再燃

スイスは、フランス革命とナポレオン戦争で混乱した欧州の安定を取り戻す目的で1815年に開かれたウィーン会議で中立政策を採択して以来、対外戦争を行っていない。1907年の第2回ハーグ国際平和会議では、国際間の武力紛争に参加せず、戦争当事者への武器や人員の支援、国土提供もしないといった、スイスの中立国としての権利や義務が明記された。

中立政策は、スイス憲法に定められている。ただ、自衛権は否定しておらず、憲法の規定でカバーされない政治的事象を解釈によって運用する余地は残している。

政策の基本方針が最後に修正されたのは、旧ソ連が崩壊した1990年代初め。人道支援や災害救助などの分野で、他国と協力する外交政策が許容された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米スナップ、第1四半期は売上高が予想超え 株価25

ビジネス

ロイターネクスト:米経済は好調、中国過剰生産対応へ

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、大幅安の反動で 次第に伸

ビジネス

都区部CPI4月は1.6%上昇、高校授業料無償化や
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中