最新記事

ウクライナ情勢

「僕は友人を射殺した」──敵も味方もない戦場マリウポリの実態

“I SHOT MY FRIEND”

2022年6月1日(水)16時40分
伊藤めぐみ(ジャーナリスト)

220607p44_MUP_02v2.jpg

激戦地になったマリウポリのアゾフスターリ製鉄所 PAVEL KLIMOVーREUTERS

死体安置所となった部屋についてキリルはこう言った。

「7メートル四方の部屋は死体でいっぱいだった。天井に届くように死体が重なっていた」

キリルは両手で重なる様子を再現して、「分かる?」というようにこちらを見た。その後、攻撃は強まり、ついに病院のある地区はロシア軍の支配下に落ちた。ロシア軍は、一応のところ市民を巻き込んだ戦闘を避けるためウクライナ軍に24時間以内に街から出て行くように言った。

「でもロシア軍は市民がウクライナ軍と一緒に避難することは認めなかったんだ」

ここからが新たな困難の始まりだった。

「ウクライナ軍の撤退で一気に状況は厳しくなった。彼らが水や食べ物を市内から届ける役割を担っていたから」

さらには街の刑務所が破壊され囚人が脱走し一気に治安が悪化したという。未遂に終わったが、何者かがおそらく食料目当てで手榴弾で病院のドアをこじ開けようとする事態も起きた。キリルたちは自衛を始めた。あまり多くを語りたがらなかったが、キリル自身も人々を守るためにウクライナ軍がわずかに残した武器を取った。

ロシア軍は時に、「病院はウクライナ軍が占拠していたから攻撃した」という主張をする。偽情報の場合もあるだろうが、食料を手に入れるため、身を守るためウクライナ軍を必要とし、また武器を持つ人もいるのだ。

若い男性であるキリルは病院の人々を守る1人だった。そして、3月18日に「ドネツク人民共和国(DPR)」の兵士3人が病院にやって来るのに出くわした。

「ドネツク人民共和国」は、2014年以降、ウクライナ東部のドンバス地方でルガンスク人民共和国と共に国家を自称している。実際にはロシア政府の傀儡で、兵士はロシア人民兵や地元の限られた支持者と言われている。

「DPRの兵士に銃を向けた」

「DPRの兵士たちが病院に近づいて来たとき、僕と仲間は彼らにライフルを向けた。何が起きたか分からなかったから。仲間の1人が彼らの後ろに手榴弾を持って回り込んで『もし武器を置かなければ手榴弾を爆発させてここでみな死ぬ』と言ったんだ」

彼らの置いたライフルを見てキリルは気付いた。

「安全装置がまだ掛かっている状態だった。ただのポーズだったんだ。僕は彼らが危険な人たちでないと分かった」

その後、キリルは3人の兵士と会話を交わす。

「彼らは『ドネツクからマリウポリの郊外で部隊から離れて街中に行くように言われ、迷ってしまった』『何も要らないからシェルターにいさせてくれ』と言うんだ。彼らはロシア軍とウクライナ軍の両方の攻撃を怖がっていた。無理やり徴兵された人たちだった」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

歳出最大122.3兆円で最終調整、新規国債は29.

ワールド

マクロスコープ:核融合電力、国内で「売買契約」始ま

ビジネス

三井住友FG、欧州で5500億円融資ファンド 米ベ

ワールド

シリア外相・国防相がプーチン氏と会談、国防や経済協
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中