最新記事

ウクライナ情勢

「僕は友人を射殺した」──敵も味方もない戦場マリウポリの実態

“I SHOT MY FRIEND”

2022年6月1日(水)16時40分
伊藤めぐみ(ジャーナリスト)
若者

キリルは「友人」を殺し、家族を失いながら戦場を生き抜いた COURTESY OF MEGUMI ITO

<市民を砲撃してくるロシア軍。しかし、自分や家族を守るために人の命を殺めなくてはならない一般市民もいる。家族を殺され、自分も友人を殺すという戦争の無慈悲。生還した20歳の若者が語ったこととは?>

5月5日の朝、私はウクライナ南東部の街ザポリッジャ(ザポリージャ)の避難民センターにいた。夜中の2時頃までロシア軍の占領地から避難民が到着しており、その撮影をしていたのだ。前日の騒がしさは嘘のようで、センターはまだ動き始めたばかりだった。そこへセンターのボランティアで、私の通訳も務めてくれているマキシム・バイネルが現れた。

「彼の話は聞かれるべきだ、と思うんだ」

1人の若者と一緒だった。それがキリルだった。キリルはマリウポリ出身の20歳。マリウポリではロシア軍の包囲戦で多くの人たちが殺され、今もその被害の全容は謎に包まれたままだ。その街から数週間前に逃れてきたというキリル。細身な体に短く刈った髪、優しい目をしていた。

「僕は妻と9カ月の娘と妻の妹とあの街で暮らしていたんだ」

父親になりたて、といった若さと覚悟を感じた。彼の話を聞き始めたとき、正直、私は既にたくさん聞いた「マリウポリの住民の恐ろしい体験の1つ」くらいにしか考えていなかった。でもそれは敵と味方の意味が時に失われ、深い喪失を伴う聞いたことのない話だった。

「戦争が始まると、お金はあっても食べ物がない状況になった。ウクライナ軍が来て、地下鉄やショッピングモールで物資を配るようになったんだ」

程なくして彼の家の周りでもロシア軍の攻撃が始まった。キリルと家族は3月1日頃、マリウポリ市の緊急病院のシェルターに避難することになった。

「家から出た直後に砲撃がキッチンのある部屋に落ちたんだ。5分違ったらみな死んでいた」

それでも彼は爆弾の破片14個が刺さる傷を負った。

病院の避難民を狙い撃ちに

たどり着いた病院ではウクライナ軍に迎えられた。

「ウクライナ軍が治療もしてくれた。病院の辺りではよく大砲の音が聞こえていた。ロシア軍の戦闘機も飛んでいて、午後11時と午前4時に毎日2回来ていた。攻撃をした後はドローンが来て、標的が壊されていないと分かるとまた戻ってきて爆撃していた」

当時、病院は270人ほどの人がいたそうだ。地下のシェルターには収まり切らず、比較的安全とされた2階に避難している人が大勢いた。しかしキリルが言うにはロシア軍は多くの市民がその階にいることを知っていたようだ。ある日、2発の砲撃がその階に向けて放たれた。

「64人が殺された。中には9歳と8カ月の子供もいた」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米テスラ、従業員の解雇費用に3億5000万ドル超計

ワールド

中国の産業スパイ活動に警戒すべき、独情報機関が国内

ワールド

バイデン氏、ウクライナ支援法案に署名 数時間以内に

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中